何が痛みを増幅させるのか

身体へのヒント

皮肉なことですが、『痛みに生きる人』ともいえる方がいらっしゃいます。
雑感をメモ的に書かせていただきます。

(1) そのような方の多くは、幼少時における両親との不幸で歪んだ交流の中で、真に甘え、かまわれた経験持ったことがありません。もちろん両親の離婚や死別などによる交流の断絶を経験も含まれます。

(2) 痛みの発生状況は、身近な愛の対象者から拒絶される不安、もしくは現に拒絶された抑うつに端を発して場合が多い。この痛みは「自分を捨てた人への恨みと攻撃感情の象徴」であるのですが、それでもなおその人を求める、絶望的願いでもあります。

(3) そのような方々は、自分の愛を拒絶した人への恨み憎しみといった攻撃的感情が強く、それを周囲の対人関係にも示し、より攻撃的、抗争的になるため孤立化していき、痛みのなかにのみ生きざるをえない状況を作りあげてしまいます。

(4) そして、自己の生存の理由と、社会的役割を証明する最後の手段として「痛み」に固執していきます。この場合、痛みは身体的、器質的痛みでなければならず、周りの人びとから避けられるという状況の中で、「誇り高く痛む人」の役割を担うことで、理想自我の満足を得ている。このような構造のため、彼らの痛みは生きていく上で必要不可欠なものとなっていきます。

(5) このように『痛みの構造』は、もはやかまわれることを受け付けないほどに強固なものになっており、医療行為者へも強い攻撃性を向けはじめる傾向を示します。

(6) このようなケースで問題なのは、不安・恐怖・怒り・悲しみに係る扁桃体の暴走を抑える、前頭前野(DLPFC:背外側前頭前野)の消耗性萎縮と、エンドルフィン(μ-オピオイド)やドーパミンを放出する側坐核の機能低下である。すなわち、前頭葉が萎縮しているために、正常な判断力が低下し、回復意欲を喪失しまっている。したがって、まずはどんな手段を使ってでも、扁桃体を鎮め、前頭葉と側坐核を活性化させなければならない。