鍼灸はどうして効くのか -現代的解釈(西洋医学的解釈)#1

身体へのヒント

アメリカ国立衛生研究所CAM研究センターでは、特に鍼の有効性に対する研究が重要視されています。CAM研究センターからの研究費の援助により、全米の研究機関で鍼の有効性が検討されています。

私たちの健康には「延髄」が深くかかわっています

身体の表面にある皮膚や筋肉には、豊富に「知覚神経」が分布しています。これらの神経は大脳皮質の知覚神経中枢に、痛み・圧迫感・かゆみ・温感・冷感など様々な情報を送っています。

そして、大脳皮質に至るまでの経路の途中で、延髄・中脳・視床下部などの部位にも枝分かれして、その情報を送っています(これを「脊髄視床路」といいます)。

一般に「脳」といわれると、頭蓋骨の中に納まったくるみの形に似た「大脳」を想像するかもしれませんが、私たちが健康に生活するためには、むしろそこから発生して背骨の中をお尻の辺りまで伸びている「延髄」の方が遥かに重要です。

というのは、延髄は「自律神経系」の中枢であり、皮膚や筋肉の知覚神経からの情報が、自律神経の調節にも関係しているからです。

鍼を刺すことで、自律神経に影響を与えます

鍼灸は細い針を身体の表面に挿入します。この手法により皮膚や筋肉に存在する知覚神経が刺激を受け、自律神経系の活動に影響を与えます。
このような観点から西洋医学的な手法を用い、鍼のメカニズムが解明されつつあります。
古来より、膝下の「足三里」は胃腸疾患によく効く『つぼ』として有名です。実際この場所に鍼をすると胃の運動が高まることが医学的に観察されます。

足三里へ鍼を刺すことにより、皮膚や筋肉の知覚神経が刺激され、その情報が脊髄を上行し延髄に入力されます。その結果、自律神経(副交感神経)が興奮し、胃運動が亢進します。鍼の刺激により、皮膚や筋肉の知覚神経からの情報が延髄をリレーし、副交感神経を介して、内蔵機能の調節が行われているのです。

中国伝統医学では、鍼灸は『陰と陽』のバランスを調整すると言われていますが、『陰と陽』のバランスを『交感神経と副交感神経』のバランスと翻訳すれば、鍼灸の機序は理解が可能となります。

オピオイドを初めとする脳内物質の分泌に影響を与えます

交感神経や副交感神経などの自律神経以外にも、鍼刺激が脳内の種々の神経に作用を及ぼしています。ハーバード大学のグループは、MRIを用いた臨床研究で、鍼が脳内のモルヒネ様物質(オピオイド;脳内麻薬)を分泌する神経を刺激することを報告しています。

鍼の鎮痛効果は有名ですが、これは鍼刺激によって、脳内からモルヒネ様物質が放出されているためと考えられます。

加えて最近、鍼の刺激が視床下部にも及び、抗ストレスホルモンである『オキシトシン』を放出させることも解ってきました。

慢性痛には、鍼灸が第一選択となります

肩こり、五十肩、腰痛、膝関節痛などの『慢性の痛み』に対して、西洋医学では鎮痛剤、湿布などで対処しますが、その効果は顕著ではなく、きわめて限られています。さらに鎮痛剤服用による胃痛や、湿布による皮膚炎などの副作用のリスクもあります。このような『慢性の痛み』は、西洋医学の不得手な領域です。

現在では、病院でも鍼灸技術を活用しています

その他、高血圧・不眠・ストレス・うつ病・下痢・腹痛・アレルギー・脳血管障害後遺症などに効果があります。これらに対して効果を発揮する理由として、鍼灸が、自律神経のアンバランスを整えること、免疫系を活性化させること、抗ストレスホルモンである『オキシトシン』を放出させることなどによると考えられています。

これらの鎮痛効果に加えて、嘔吐抑制効果などから、癌の患者さんに対する緩和ケアにも用いられるようになっています。

うつ病などにも期待される2種類の効果

前頭葉は、我々の認知や思考を司る場所ですが、ストレスに影響を受けやすい場所としても知られています。特にストレスが長期にわたると、前頭葉が正常に機能しなくなります。そして、不安やうつ、慢性痛の原因となります。

一方、視床下部から分泌されるオキシトシンは、ストレス軽減に大きく関与しています。このオキシトシンの発現や放出を刺激することができれば、ストレスに起因するうつや不安の解消に繋がります。

ヨガや太極拳さらには瞑想などは、精神集中により、前頭葉の活動が高まることによるものと理解されています。さらには鍼灸でも、この脳内の環境の改善に影響を与えています。

このように、前頭葉の機能を正常化させることにより、視床下部のオキシトシン神経活動が亢進するものと考えられます(トップダウン効果)。

もう一つ、鍼やマッサージは、末梢の知覚神経の刺激を、脊髄視床路を経由して延髄・中脳・視床下部に伝え、オキシトシン神経の活性を高めます(ボトムアップ効果)。

この両者(トップダウン効果とボトムアップ効果)により、オキシトシン産生が高まり、うつや不安の解消が期待できます。