「痛みを取る」と「痛みが出ない身体にする」は違います
痛みがあるときは、痛みを取る対策しかできません。
痛みがないときに、痛みが出ない身体にするような対策を取ることができます。
鍼灸院にいらっしゃる患者さんは、「腰が痛い」「首がしんどくて寝れない」といらっしゃいますが、痛みが引くと来院されません。これでは鎮痛剤の代りです。
病症の寛解とは「辛い病症が出ない身体にする」ということですから、痛みがないときもきちんと対策されることをお勧めします。
これは花粉症・アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患も同じです。鼻水や痒みなどの症状が強いときは、それに対する対処に焦点が行き、体質改善に力が及びません。症状が収まっている時が勝負なのです。
ですので、ご近所の、きちんと通える鍼灸院を選ぶことをお勧めします。
痛みの原因について、ご注意いただきたい点があります。
いまだに肩の痛みや・頭痛・腰痛の原因が、日常生活における体の「歪み」や「ねじれ」だと説明しているむきがありますが、このようなことを主張しているのは、世界中で日本だけです。
これらの痛みと脊椎 (背骨) には、何の因果関係もありません。詳しくは、こちら。
また骨盤に対しても同じような施術効果を主張していますが、これも根拠がありません。これに関しては、こちら。
肩こりや腰痛は、「人生の疲れ」である。
ちょっと観念的なお話ですが、肩こりや腰痛は、単純に筋肉の血行が不良であるとか、関節の柔軟性が衰えているとかいう問題ではありません。
それらが問題であるのなら、お風呂にゆっくり浸かる、休暇を取って趣味に没頭する、といった気分転換やリラックスで対処できるはずです。
もしあなたが若いのなら、すぐに寝てしまえばいい。朝になれば、痛みは取れてすっきりと目覚めるでしょう。
また肩こりや腰痛が「加齢による肉体の衰え」であるのなら、これは人類共通の問題です。日本人だけでなく、ブルキナファソの猟師も、インディオの老人も、同じような辛さを抱えているはずです。そして、幼児の肩や腰は痛まないのです。
私たち東洋医学では、この「人生の疲れ」を身体の不良と考え「冷え」と呼びます。身体活動が衰えると、身体は冷え、最終的には死という絶対的な冷えを迎えます。。
これをどうリカバーするのか。
東洋医学にはいろいろな流派があり、それぞれのメソッドがありますが、目的はこれ以外にありません。単に肩・腰を揉んだり、鍼を刺したりするわけではありません。
外国人は肩がこらないって、本当なのか
「肩こりは日本人だけだ」とか「英語で肩こりにあたる言葉はない」などという人がいます。確かに、欧米では「肩こり」が大きく喧伝されることは少ないようです。
かつては日本人の食糧事情に、その後はストレスの高い社会性に、その原因が求められたりしましたが、どうやら欧米人が肩こりにならないわけではなく、「日本人は肩こりを強く訴える」傾向が強い、ということろが真相のようです。
これはどういうことなのでしょうか。
「病気」または「不健康」とされるものには、各国の文化的な差があり、同じ発痛程度であっても、ある国では大変な不快に、別の国では無視されるということがあるようです。
日本人は、頚や肩回りの不快な感触に、とくに敏感であるということかもしれません。
例えば癌や血栓のように、どの人種、どの文化に属する人でも明らかな病的症状が起こるのではなく、肩こりは、強く意識する人には病的症状となり、意識しない人にはそうはならない、というもののようです。
実際に臨床の現場でも、必ずしも「肩が張っている人=肩こりが強い人」というわけではありません。「ひどくがちがちなのに一向に気にならない」という方がいらっしゃる一方、さほど張りがないのに「辛くてたまらない」という方も。
このような現象は、われわれ東洋医学の立場からみると、とても示唆的です。
というのも、われわれは、発痛因子があってもそれに耐えられる体の力を持つことで病症を抑えられるのであれば、身体の力を高めることで病症を消せるのと考えるからです。
簡単にいうと、病因を無くすことではなく、病因に耐える力を体に与えることが、本質的な対策であるという考え方です。
さらに俗っぽくいうと「揉むのは肩こりの対策ではない」ということになります。
同じ姿勢を続けていると起こる肩こり・腰痛
地球には重力がありますから、ほっておけば骨や内臓は下に落ちてしまいます。これでは困るので、姿勢を維持するために、骨格筋という大きな筋肉が人体の構造物を支えています。
骨格筋はとても大きな筋肉なので、その働きを維持するためには充分な栄養が必要で、それは血液として供給されます。
ずっと同じ姿勢を続けると、栄養を大量に消耗します。栄養供給が筋肉の需要に追いつかなくなると、筋肉が硬くなってしまいます。
筋肉が硬くなると、その中を通過している神経が圧迫されて、痛みが生まれます。「オフィスで1日中座って、右手はマウスをつかみ、左手はキーボードに乗せ、モニタを見続ける」--これが典型です。
このようなメカニズムで起こる肩こり・腰痛を「姿勢性肩こり」「筋性腰痛」などと呼びます。
患者さんの痛みや不快さは深刻ですが、これが原因で起こる肩こりや腰痛は、原因が明確であるぶん対処法は単純です。筋肉の血行を回復してやればいいのです。
「筋肉を揉む・マッサージする」「ストレッチする」あるいは「お風呂にゆっくりつかる」もちろん「鍼灸」、どの方法でも、好みに合わせて選べばOKです。
ただし「肩こりが常習化している」といった場合は、別の問題が発生します。
それは「身体は、いつもの状態を『正常』として記憶する」ことに起因します。
「いつも肩がこっている」という方は、身体がその状態=「肩がこっている」を正常として記憶してしまうということです。
このため、マッサージやストレッチで身体をほぐしても、身体はこのほぐれている状態=肩がこっていない=正常じゃない状態、と判断してしまい、皮肉なことに「肩がこることを、防がない」という働きをしてしまいます。
このような状態になってしまうと、マッサージやストレッチなどの効果が長続きしません。
この状態から抜け出すためには、いったん誤った記憶をリセットしてやる必要があるわけです。
慢性化した肩こり・腰痛を根本的に対策するためには、この目的に適う対策を講じる必要があるわけです。
食べ物・気候と肩こりには、深い関係が
「仕事が忙しいと、肩がこる」というのは理解しやすいのですが、食べ物や気候も、肩こりを生むというお話です。
鍼灸を初めとする東洋医学の起源は、中国に求められます。
この中国ですが、今でこそ共産党政府によって文化的な差が埋められる傾向にありますが、それでも地域差は厳然として存在します。
例えば、北部では主食は小麦由来のものが多く、餃子や麺類が好まれ、南部では日本と同じように米がで主食です。
風土的には、北部は寒く、乾燥していますが、南部は温順で、湿度が高い。おもしろいことに、鍼(針)はおもに北部で、灸は南部で発達しました。
東洋医学では、体に害をなすものを「邪(じゃ)」と呼びますが、その中で「水分」に係るものを「湿(しつ)」と呼びます。手足のむくみの原因が「湿」であるといわれると、なんとなくイメージできるかもしれませんが、肩や腰の痛みの原因が「湿」というのは少し理解しずらいかもしれません。
「湿」は、それが留まる場所によって、さまざまな症状を引き起こします。
頭部では頭痛を、喉でとどまれば痰を、腹部では食欲不振を、そして肩や膝などの関節稼働部では痛みを引き起こします。
われわれ日本人は、蒸したコメを主食に取り、湿度が高い気候に暮らしています。
水分が豊富な食物を摂取し、高湿度のために汗の排出が難しいといった環境では、体内に不要な水分が蓄積してしまいます。
これが身体に不調を引き起こします。
座り続けると、肩こりになる
体内の不要な水分=湿が、肩こりを引き起こす原因の一つである、というお話をしました。
「飲んだ水を、体の中を巡らせて、尿や汗として体外に排出する」という身体の働きは、東洋医学では、いわゆる五臓の「肺・脾・腎」によります。
このいずれかが正常に働かないと、水が体内で停滞し、「湿」になります。湿は比喩的にいえば水が「腐った状態」です。イメージ的には「肩に腐った水が停滞している」状態で肩こりが起こります。
五臓の「肺・脾・腎」のうち、脾は「身体が、長時間動かない状態」でダメージを受けます。事務職の方が、終日デスクに座って、モニタを見ている状態は、脾に強い負荷がかかります。この結果、脾の能力が低下し水分の循環性が落ち、湿が生まれます。
よく会社にいると肩がこるという方がいらっしゃいます。
これは「ストレスによる気の循環性の低下」ということが主因でありますが、そのようなストレスがない方でも、長時間の姿勢維持は、上記の理由での肩こりを生み出します。
胃や腸が悪いと、肩こりになる
身体のなかの水分の循環性を維持するためには、五臓の「肺・脾・腎」が重要なのですが、これらのうち「脾」は、消化器を正常に働かすためにも重要な役割を果たします。
さらに「脾」は「胃」と協調して働き、両者は相互に影響を及ぼしあいます。
「神経を使う仕事のストレスで、胃を痛めた」という話はよく聞きますが、「胃」や「脾」は事務職の方に多い、長時間の座りづめでもダメージを受けます。「座り続けたためにお腹の調子が悪い」とはよく聞く話ですが、これは「運動不足」が原因なのではありません。
ところで、胃がダメージを受けると、どこが痛むのでしょうか。
あたりまえに「胃がきりきりと痛む」「胃を押さえて前屈みになる」。それだけでしょうか。
医学的には、内臓が不調になると「反射痛」や「関連痛」という症状を起こします。ダメージを受けた臓器ではなく、そこから離れた場所に発生する痛みのことをいいます。
背中の中央部から下に「脾兪(ひゆ)」「胃兪(いゆ)」というツボがあります。
その名の通り脾や胃が痛んだときに使うツボで、ここに痛みがあるとき、胃や脾のダメージを示唆します。
このように、消化器のような臓器に支障がある場合にも、頚・背中・腰といった身体後面に痛みが生じることがあります。
重要なことは、この場合の「肩こり・腰痛」の対策は「その痛む場所を対処する」ではなく、「弱っている消化器を正常に戻す」です。これを間違えると、効果がまったくないことになってしまいます。