『よつばと 16』を読む

Staff Blog

何年ぶりの新刊なのだろうか。あいかわらず面白くて、一話読むのに、1時間くらいかかってしまう。このまま一冊読み終える気力がなくなり、別日に送る。

「就学前の女の子と、その父親と、二人を囲む人々との間に起こる、ごくごくささやかな日常的エピソードを、丁寧に書き起こした」コミックである。

それはそうなのだけど、作家のあずまきよひこが、同作にエンコードした情報量が多すぎて、それを様々なアルゴリズムでデコードして、その深みを楽しむ。

物語はほとんどない。オチもないことが多い。さらに言えば、主人公の女の子よつばは、どこか非人間的にも見え、ある方に言わせるとペットのようだ、となる。それでいいのだ。

たぶん、短歌にしろ、連歌にしろ、能にしろ、俳句にしろ、文楽にしろ、作家の志向は、題材に普遍性を持たせるために、観察対象物をごく一般化し、物語を単純にし、一つの事物にいろいろな意味を圧縮していく。その結果、ドラマ性が薄くなり、文字数が極小になり、動作は緩慢になり、表情は乏しくなる。

受け手は、その作品を自分の力でデコードし「鑑賞する」。なので、たぶん、一つの作品は、受け手によって、千差万別の「解釈」が生み出される。それが、好ましいのだ。

よつばがペットのようだ、という人は、初音ミクは合成音のようだ、というのと同じである。描きたいことが多彩であればあるほど、その物語を紡ぐ技法や媒体は、無機質であることが好ましい。

個人的には『よつばと』と『あずまんが大王』があれば、他の娯楽がなくても不満はないかもしれない。