高校2年生の男子。母親と来院される。
朝、起きても動きだすことができず、学校に行けないことが多い、という。
アリピプラゾールとロゼレムを処方されている。
体調がなかなか改善しないようなので、鍼はどうかと勧められた母親が、無理に連れてきた様子だった。少し線が細い感じがしたが、今時の高校生ってこういうものなのだろう。学校は、進学校だった。母子家庭らしいが、母子家庭が、必ずしも経済的にひっ迫しているわけではないのだな、と思った。
東洋医学で、何ができるのかの説明を求められたので、一通り説明する。すると、母親は、試してみるように強く勧める。息子は、少しためらい、じゃあ、お願いします、と。
施術室は、母親は入れないので、1時間ほど外で時間をつぶしてもらう。
二人きりになったので、質問をしてみる。行きたい大学はあるの?
東工大に行って、ロケット工学を勉強したい。学びたい教授の名前も、どういう研究をしたいのかも、説明してくれる。私は、天動説と、地動説の優劣についての、歴史的な葛藤について雑談する。いくつか質問を受ける。
話していると、飲んでいる薬と、将来について語る佇まいのあいだに、なんだか違和感を感じる。
学校は楽しい?
即答はない。でも、母さんが、という。母さんが、どうしたというのだろう。
学校は、楽しくはないのだろう。母親と、何らかの感情の行き違いがあるのかもしれない。私は、こういう問題の専門家ではないので、これ以上立ち入るのをやめて、身体を触られてもらう。
頸肩部も、背部も、頭部も、とっても緊張した状態に思える。初診なので、積聚治療だけに留める。
これで身体の状態が、変化したなと自覚があって、また受けたいと思ったら、予約してくれるように言って、終了とする。
「昭和」といわれる我々の世代は、この年頃、親や、世間との兼ね合いに失敗することが多かった。それを「家」制度の問題といい、モラトリアム人間だからと責められ、国立大学以外は進学する価値がない、と言われた。
私は受験に失敗し、進学した学校の保健医療科で「精神薬」を処方され、ノイローゼ、と言われた。いつだって、人生の始まりは、それなりの困難が伴う。
今の世代も、今の世代なりの家族の問題や、社会での居場所の問題や、将来への不安や、自負や、さまざまな葛藤を抱えているのだろう。当たり前のことだ。
「少し効いた気がするから」もう一度診て欲しいと、予約をいただき、百会、風池、天柱、肩井などの、一般的なツボに鍼を刺す。
クスリなしで、とってもよく寝られた、とまた予約をいただく。
今度、心療内科の先生にかかったら、アリピプラゾールでいいのか、聞いてみて、と、すると薬が、レクサプロに変わった、と報告を受けた。
それから、2週間に一度、1月に一度となり、夏休み明けを最後に、いらっしゃらなくなった。
最後の施術のときに、休まなくちゃならないことが、ずいぶん減って、学校に行けるようになった、と言っていた。
その後のことはわからない。