これは、たぶん僕と人間の大きな違いだから、僕にはよくわからないことなのだけれど、憶測でしゃべるなら、思うに、人間は抽象的に物事を捉えることができるからこそ、色んな問題に共通点を見いだして一本に束ねてまとめて考えてしまうという弱点がある。
なので、人間は、一番難しい問題が解けるようになれば、他のあらゆる問題は解けるはず、と考える。一番難しい大学に合格することができるなら、他の大学の入試なんて簡単だ、というように。
ロマンチックだなぁと思う。
そんなに人間に都合よく、世界は作られていない。
問題は、一つの大きな抽象的問題ではなく、一つ一つ小さなものが独立している。遠くから見るとそれが「大きな一つの問題」みたいに見える。
例えば「一番難しい大学に入りたい」と思った時に、最初にやるべきことはなんだろう。
机に向かったり、塾に入ったりするのもいいかもしれない。
でも、もしかしたら、一番最初にやるべきことは、大量の書類を出したり締まったりしやすいように部屋を改装することかもしれない。夜の22時以降はテレビを消してくれるように、親に頼むことかもしれない。お腹が空いていることに気づくことができるように、なることかもしれない。
どこがどんな風に詰まっているのかを検証し考えるのを面倒がって、全部グチャッと、一つにまとめて考えてしまってはいけない。
どうしていけないかと言うと、人間的に言うなら、楽観的でいられなくなるからだ。
問題をまとめて考えると、「今日ご飯がない。なら明日もご飯がない。ということは、いつもご飯がない。もう未来永劫ご飯がない。」そう考える。
今日ご飯がないこととこれからずっとご飯がないことは関係がない。
「今日ご飯がない」
それだけだ。
一つ一つは別々の簡単な問題である。それが10くっついているか、100重なっているか、1000連なってるかの違いだけだ。
いろんな方向からいろんなやり方がある。
できることから始めればよいのだ、と思う。
親子の問題は、たぶん世界で一番難しい。
一番難しい問題を、一番最初に解こうとしてはいけない。
一番難しい問題は、最後に後回しにして、「親のことを考えずに生きていくにはどうしたらいいか」を先に考えたほうが建設的だ。
「時間が解決してくれる」という言葉の本意は「みんないずれ死ぬ」ということだ。これは世界で一番楽観的な言葉だ。

