こないだ『春の始まり』という文章のなかで、12から1に数が戻るときに何が起きてるのかを考えている、ということを書いた。
実際、春分を迎えてみると、深く考え過ぎていたように思う。
うまく説明できるかわからないが、とりあえず今のところの考えを、書いてみる。
暦の仕組み、暦というプログラムのことである。
例えば、カレンダーの12月の次は1月だから、暦とは、12月で終わるプログラムのように見える。
占星術的には、うお座(12星座目)の次が、おひつじ座(1星座目)なので、うお座が12星座の最後、と一般には考える。
だが、世界は本当に12で完結するのか?
12で完結するのだとしたら、その根拠は?
おひつじ座が始まりでうお座が終わりなのだとしたら、うお座は「終わり(あるいは再生)に向かって収束していく星座」ということにならないか?
僕にはやはりそう思えない。
時間は、いつも前に進んでいる。
おひつじ座もうお座も、どちらも、前に進んでいると思う。
前に進みたくない星座は、誰一人として、いないと思うのだ。
そこで、星座の動きとは別の、プログラムが動いている、と考えてみる。
星座の流れとは別に、一定のリズムで、リセットスイッチが押されている。
それが押されるので、うお座が終了し、またおひつじ座から始まるのだ、というのはどうだろうか。
会社のノー残業デーに、19時で強制的に消灯してしまうみたいな感じだにゃー。
そのスイッチが押されない場合どうなるのだろう。もしかしたら、うお座が拡大し続けながら永遠に続いていくのかもしれない。あるいは、13番目の星座、14番目の星座…と次々に無限に数が進んでいくのかもしれない。
ここまで考えて気がついたが、おそらく無限に拡大していく時間を区切る、そのリセットスイッチのことを「暦」と呼ぶのではないか?
この「暦スイッチ」は自動で動いているんだろうか?それとも誰かが押してるのかにゃ?押してるのは誰なんだろう。
このスイッチは、星座が移動するときも、もしかしたら小さいやつが、押されているのかもしれない。押されるせいで、どの星座も道半ばで何かを断念することになる。「30日分で僕はいいです」っていう星座なんて、誰も居ないのだ。
強制的に消灯されたとき、わかっていても、やっぱりみんな一瞬慌てる。そして、やれやれという感じで、電気を付けに行くものだ。
この季節の体調不良の原因は、「リセットによる混乱」なのではないかという気がする。

