わたし(にしむら)は、産婦人科医、で、漢方医、ってことになってる。「なってる」ってなんだよ、って部分はあるのだけれど、まああまり面倒くさいことを言わずに、肩書きを載せてきた。「お仕事は?」って訊かれた時に、「医者です」って返事は、わりとなんというか、他のややこしい説明が要らない。一言で説明が済んでしまうくらいには、一般的なイメージができあがっている、というのは、隠れ蓑?かぶるネコ?としては優秀な素材なんだろうな、なんて思っている。
で、そんなネコをかぶりながら、医者として、様々な人のお困りごとを聞いてくるわけだから、それなりにいろいろな話が耳に入ってくるし、できることなら、それをなんとかしたい、と思ってきた。
まあ、わたしがこの道に入るきっかけのひとつは、「五十肩」の方(肩?)だったし、漢方の入口を教えてくださった師匠は「触診すなわち治療」というひとだったので、わからなくても触れる、というのはとても大事、っていうのを刷り込まれてしまった。そして、触れていることでわかること、っていうのがけっこう、ある。
いつの頃からだったか、あまり覚えていないのだけれど「しびれ」について、そのしびれの範囲を触れると、しびれていない場所とは感じが違う、ということに気づいた。
ざっくりしびれ、と呼ぶのだけれど、しびれとは、厳密には「知覚の鈍麻」のことらしい。つまり、触れてみても、その触れた感覚がわからない、とか、わかりづらい、とか、そういう症状のことを言う。
ただし、状況によって、この知覚の鈍麻は、「ピリピリするような」とかそういう「知覚の過敏」を伴うことがあるらしい。あとは、正座をしたあとの「しびれがきれた」という表現にあるような「ジンジンする感」を「しびれ」と表現される方もある。
なんなら、痛みを伴う「しびれ感」っていうのがある。逆だな。疼痛のなかに、こうしたしびれを伴う痛み、っていうのがあって、だいたいは神経に関連する痛みだったりする。こういう神経の痛みは、いわゆる解熱鎮痛剤であるNSAIDs(ロキソニンとか、インドメタシンとか呼ばれるような部類の薬)が効きづらい、とされていた。なので、昔は抗うつ薬なんかを併用したりとか、いろいろ工夫していたらしい。最近は「リリカⓇ(プレガバリン)」という薬ができていて「神経障害性疼痛」というものに有効、とされている。
この流れを雑に解釈したのかもしれないけれど、「リリカⓇ(プレガバリン)は「しびれ」に効く薬」である、などと理解すると、「しびれ(知覚鈍麻)」に対してリリカⓇ(プレガバリン)が処方される(もちろん、そもそも痛みがあるわけじゃない時には効果が発揮されていない)なんていう悲劇だか喜劇だか、みたいなことが発生したりする。
そもそも、しびれに対して、あまり丁寧にその範囲を評価する、なんていうことはやっていないセンセが多いらしい。まあ微細な変化だから、あまり厳密に境界を定めたところで、それが何かの役に立つと思えないのだろうし、何よりも忙しいから、そんなことやってるヒマが無いのだろうと思う。
医療や解剖学の常識から遠い、いわゆる一般の方には「ヘルニアは、しびれが発生する」という情報くらいはお持ちだったりする。で、「腰のヘルニアがあって」と続く。「それのせいか、手がしびれるんですよ」
まあ、漢方的な脈診をするときに、手首で脈を見ながら、下半身の血流が良くないよねえ…?なんてことを診断したりすることがあるのだから、手首に、下半身の情報が入ってきている、くらいで困惑してはいけない。いけないんだけれど、なんだソレは、って思う。わりと多い。
ほとんどの人は、一度くらいは整形外科とか、神経内科を受診されたり、あるいは受診されない場合もあるらしいけれど、そのままにしているのだ、という。まあ「どこも異常ないですね」とか「これは仕方ないですね」なんて話になると、あとはよほど生活に差し障りがなければ、ひにち薬で良くなることを期待しつつ、普段の生活を送る、っていうことになるんだろうと思う。
皮膚に触れたら、しびれている場所はわかる、っていうのは、わかる人には伝わるらしい。「そういえば、麻酔をかけたときの効果範囲を確認するのにも、その皮膚の所見を使う」なんて話を聞いたことがある。腰椎麻酔の効きを評価するときに、一般的には冷たいものを当てて、冷感が消失しているかどうか、で判定するのだけれど、そもそも麻酔が効くと麻痺しているわけだから、皮膚は強くしびれているわけだから、それがわかれば、触れただけで判定ができる、ってことになる。
まあ、腰椎麻酔なんていうのは、特殊な環境でしかないので、ほとんどの人には役に立たない情報なのだけれど。
しびれている皮膚がどこからどこまで広がっているか、というのを詳細に判定できると、じゃあ、どこの神経の不調がしびれという結果になっているのか、ってことが検討できるようになる。
もちろん、神経は中枢である脳や脊髄から骨の隙間を通って出てくるわけだから、こういう根っこに近いところで圧迫されている、なんていうことだと、それに対して何かができる、ということは少ない。けれど、骨の隙間を通ってきたあとは、筋肉と神経はわりと似たような場所でお互いに接しつつ、末梢に延びてきている。あちこちの筋肉がかたくなっていると、そこで圧迫が発生して、それより末梢側で「しびれ」の症状が出現することがしばしば見受けられる。
こうした筋肉の緊張をほどくことで、しびれ感は減少する。ということをわたしはしばしば経験してきた。
病名としては「胸郭出口症候群」「斜角筋症候群」(頚部の筋緊張による手や腕のしびれ)とか、「肘部管症候群」(特に長指屈筋などの緊張による肘部での神経圧迫による、尺側前腕や小指側のしびれ)あるいは「手根管症候群」(指の屈筋群が緊張することによる手首での神経圧迫と、指先のしびれ…多くは示指・中指・環指あたりに出現する)などというものが有名なのだけれど、他にも肩峰付近とかで似たような神経圧迫が発生していることもある。
さらに、これらの神経圧迫が、いくつか組み合わさっている場合もある。なので、頚部のヘルニアで神経圧迫があるから、手がしびれている、という診断をされている方であっても、実はよくよくみると、手根管症候群や肘部管症候群を併発している、なんていうこともあったりして、筋緊張をほぐすことで、多少なり症状が改善する、ということもある。
一般的にはしびれというのは「自己申告」の症状である、という理解が主流なのだろうけれど、「詐病」扱いされている方もあったりして、本当にこの辺の取り扱いが難しい。
肩峰付近の筋緊張は、特に五十肩を併発されている方に出現しやすくて、これは五十肩の二次病理だとわたしは考えているのだけれど、「手がしびれるし、手があげられない」なんていう症状をおっしゃる方がある。しかも悪いことに、その前後にワクチンの接種なんかをしていると、ワクチンのせいだ!みたいな話になってしまいがちだったりする。
潜在的な五十肩状態をなんとか三角筋が頑張って、ギリギリ動かしていた、なんていう状況で、その三角筋に筋肉注射して、そこが頑張れなくなったら、そりゃ手も上がらなくなるよねえ…ってのがわたしの感想だったけれど、そういう交通整理ができないまま、「詐病だ!」「いやちがう!」みたいな話をされていると、とてもつらいだろうな、と思う。
そんなこんなで、しびれ、っていうものが、皮膚を丁寧に触れるとある程度わかる(しびれている処は周辺の皮膚にくらべて、わずかに温度が低いし、皮膚の肌理が粗くなっているような印象がある)、って話をそれなりに自分の中で積み上げてきたころに、別の「しびれ」に出会った。
健康診断の業務に関わっていると、たいていの場合は採血がある。採血での健康トラブル、というと、いちばん多いのは迷走神経反射(Vaso-Vagal Reflex)だろうと思う。採血のあとで圧迫止血をして待っている間などに、顔面が蒼白になって、気分不快があって、座っていられない、みたいな体調不良が出てくる。これは、採血の緊張の反動として迷走神経が過剰に反応する、などのメカニズムで、心拍数が減少する(徐脈になる)とともに、血圧が低下する、という反射だったりする。
ごくごく一過性の反応なので、その気分不快のタイミングできっちりとベッドに横になってもらって、足を高くしておく(下肢からの還流される血液量を確保するため)ことで、症状はだいたい改善してくる。ストレスや空腹・不眠などがあると発生しやすいので、どうしても健康診断のタイミングでは起こりやすい、って話になる。
反射がでやすい方はそういう体質だったりするので、無理せず、先に臥床していただく、なんていう対処をしているので安心してほしいし、根性でどうにかなるものでもないので、あまり無理せず、過去にそういうことがあった場合には素直に申告していただきたい。
(わたしも誤解していたのだけれど、スポーツ心臓の方には迷走神経反射が出やすい、ということらしい。なるほどよく考えたら、高性能なスポーツ車のエンジンの方が、回転数を落としたところでトラブルになりやすいわけだから、似たような話なのだろうと思う)
ちょっと脱線した。
採血時の有害事象として、五千から十万回の採血に1件くらいの割合で「しびれ」が出現することがある、と言われている。そのいちばん強いパターンは「神経損傷」と呼ばれるのだけれど、血管に併走している神経を、採血しているときの針が傷つけたりする、と考えられている。実際には、神経が直接に傷つけられているケースはひょっとするともっと少ないのかもしれない、と思う。
採血後のしびれ感、っていうのは、こうした「けっこう重篤な」有害事象に近いところにあるから、けっこう気を遣う。のだけれど、これもいわば「しびれ」なわけで、もちろん、神経そのものが傷ついてしまっていたなら、修復するのに日にちがかかるし、それまで待たねばならないのだけれど、どうやら、しびれの範囲と、採血の時に針を刺した場所との「あいだ」に筋緊張がある、ように見受けられるケースになんどか遭遇した。
こうした筋緊張をほぐすことで、しびれ感が軽減したり、解消したりするのだから、神経損傷ではなくて、針を刺したことに対する防衛反応できな何かで、筋緊張が引き起こされていて、それがしびれの原因になっている、ということなのかもしれない。
是非とも、そのようなケースがあったら、追試していただきたいと思う。
いわゆるしびれが「知覚の鈍麻」であることは書いてきたのだけれど、じゃあピリピリ、チクチクするような、痛みを伴う神経の「しびれ」っていうのは何なのか、って話が微妙にまだ済んでいなかった。
これは、わたしの仮説でしかないので、こちらもまた検証していただけるとありがたいのだけれど、これは一種の「知覚過敏」ではないか、とわたしは考えている。
原理としては、「知覚の鈍麻」がある部分の情報を、しっかり得たい、と身体が要求することで、その周辺の神経からの情報がいわば「ボリュームが上がる」ようになっているのではないか、と思う。
耳鳴りが、消失した有毛細胞からの情報の代わりに、リレーする神経細胞が音を作っている、ように、知覚過敏も、鈍麻している部分の情報をもっと増やしたい、というフィードバックがかかっているのではないだろうか。そして、微妙に、ボリュームを上げた部分に、まだ情報が入ってくる神経が残っている、ところから、過剰な情報が入るので、「知覚過敏」が発生するのではないだろうか。
なので、知覚過敏によるしびれ感も、理論的には解消方法は、知覚鈍麻している部分を探して、その鈍麻している神経を圧迫している場所を割り出して、その緊張や圧迫を解除する、ということになる。
現実的にそれが可能かどうか、はまた別の話になるのだろうけれど。
リリカⓇ(プレガバリン)はどちらかというと、神経の興奮を抑えるような薬理作用があるので、この過敏になっている症状にはわりと有効なのだろうと思う。逆に知覚が鈍麻しているところには、そりゃ、効果が出ないと思う。
漢方では、わりと附子を用いた処方が、しびれに有効、という取り扱いになっている。どうやら、附子は、身体の中にあるむくみの塊(疝、と呼ぶらしい。イメージ的にはジュンサイのヌルヌルみたいなもののようである)から水を引く働きがあるので、こうした「疝」が神経を圧迫して発生しているしびれは、解消しやすい、ということなのかもしれない。