更年期障害のうち、ホットフラッシュ限定での話、っていうのを辻本先生にリクエスト頂いた。
ホットフラッシュ、って、なんなのか、ってことを考えると、ちょっと難しいのかもしれない。
英語ではhot flash, とかhot flushとかって言うらしい。フラッシュがaなのか、uなのか、ってのは、だいたい、英語の試験を受ける人たちは単語を覚えるときに必死になるのだけれど、ここにきて、「どちらも正解」っていう綴りの問題が出てくるとは思わなかった。
たしかどちらかが米語でもう一方が英語、みたいな雰囲気だったような気がするけれど、まあそんなことは些細なことだと言ってしまおう。
フラッシュ、ってのは、カメラなんかについているのもフラッシュ、なのだけれど、トイレの水を流すのもフラッシュ、ってことになっている。なんか、急激に出てくるもの、っていう感じなんだろうかしら。
熱い感じがするのに加えて、顔が火照って、赤くなる、から、ホットフラッシュ、ってことになっているらしい。
更年期に特徴的な、頭が熱くなっていて、かつ顔が熱くなって、赤くなる、という現象で、だいたいは「いきなりひどい症状が出現して、そんなに長時間続かずに、ひとまず消えていく」ような形で症状が記述されているように見受けられる。
ウィキペディアの日本語版と、その元原稿になったであろう、英語版を読んでみると、ホットフラッシュの発生する機序は今ひとつわかっていない、ってことになっている。
ざっくりホットフラッシュ、と呼んでいるのだけれど、場合によっては、一時的にすごく熱がこみ上げてくるようなパターンだけではなくて、顔ばっかりにずーっと熱さが漂っている、なんていう状況の方もいらっしゃるらしい。「ホットフラッシュ」という単語が有名になったことで、顔や頭が熱くて、汗がこぼれる、みたいな症状があれば、ああ、これがホットフラッシュというものか…と納得して、そうおっしゃる、ということもあるのだろうと思う。
更年期障害っていうのは、本当に様々な症状が出現する。日本ではあまり多くないが、蟻走感、という症状が、欧米?では有名らしい。クッパーマン更年期指数(たとえばこちら https://ohana-clinic-kinoshitacho.com/wp-content/themes/ohana/download/kuppaman.pdf )というものを見ると、ちゃんと「皮膚をアリが這う感じがする」っていう項目がある。これは日本人にはわりと少ないように言われている。日本では簡略更年期指数(SMI:http://hamayume.com/pdf/smi.pdf )がよく用いられるが、こちらには蟻走感に該当する項目は、無い。
両方の更年期指数に共通するのは、顔がほてる、とか、汗をかく、とか、あるいは寝付きが悪い、眠れない、などといった項目である。更年期障害とは、更年期の時期に出来するもろもろの症状(具体的に限定されたものはないので、いろいろな数え方がある)は100種類に及ぶと書いてあるサイトもあれば、数百種類(!)と書いてあるサイトもある。
どういう分類のしかたで一種類と数えるのか、というあたりが違えば、そりゃ数も増えるだろうよ、とは思うのだけれど。日本産婦人科学会の更年期障害のサイト(https://www.jsog.or.jp/citizen/5717/ )には、「大きく3種類にわけられます」って書いてある。
分類は以下のようになっていた。
- 血管の拡張と放熱に関係する症状
(ほてり、のぼせ、ホットフラッシュ、発汗など)
②その他のさまざまな身体症状
(めまい、動悸、胸が締め付けられるような感じ、頭痛、肩こり、腰や背中の痛み、関節の痛み、冷え、しびれ、疲れやすさなど)
③精神症状
(気分の落ち込み、意欲の低下、イライラ、情緒不安定、不眠など)」
うん?大きく3種類??「その他の様々な身体症状」をひとつに括って…?さんしゅるい?あれ?それで良いのか日本産婦人科学会?
いや真顔で言うけどさ。もうちょっとマシな分類をしなよ。ねえ。たとえば、「ホルモン補充療法によって解消する症状と解消しない症状」みたいに。
本当に、この分類、たぶんわたしの病態把握と診療では、役に立たない。うん。役に立たないことを、ホットフラッシュ(もしくは頭の熱感)を中心に描き出してみよう。
なぜ頭が熱くなるのか、っていう話を、大昔にざっくり説明されたことがあった。それは、ホルモンの関係の表現だった。曰く「卵巣から分泌されるエストロゲンが、年齢の上昇とともに分泌されなくなると、脳下垂体から分泌されるLHとかFSHが増える。あるいはGnRHが分泌されることになる。ここが「卵巣!頑張れ!」ってすっごく応援するから、熱くなるんだ」ってな話だったと思う。本当かよ…?って思うけれど、まあ卵巣が働きを低下させているのも、LHやFSHが分泌亢進しているのも事実なので、そういうこともあるのかなあ、なんてぼんやり考えていた。
更年期障害の症状は、その多くが「不定愁訴」として取り扱われる。不定、とは、症状が次々変わる、という意味ではなくて、「身体的に、あるいは器質的に症状の原因が指摘できない」ということを「不定」と呼んでいるらしい。英語で言うならUnidentified だから、まあ、UFOとかUMAなんかと同じような扱いになる。つまり、診療をやっている医療者の方が「よくわからんけど」って言ってるものが全部「不定愁訴」、になる。検査や評価方法がない場合はなんでも不定になりかねない。まあその考えで間違っていないのだろうと思う。
なので、更年期障害なんだろうけれど、ホルモン補充療法(HRT)が効かないとか、症状が残る、とか、あるいは、ホルモン補充療法(HRT)をやりたくない事情がある、とかってことになると、処方できる西洋薬は、ほとんどなくなってしまう。なので、漢方外来をやっていると、こういう方がけっこう多かったりする。
大学で女性漢方外来をやっていた頃は、わたしはまだ清熱剤(黄連解毒湯など)の使用に慣れていなかったので、補陰剤を用いていた。温経湯とか温清飲(温清飲の半分は黄連解毒湯ではあるのだけれど)とか、血を補うことで、身体の熱をおさめていこう、という方針だった。なかなか時間がかかる話ではあるし、他の症状として倦怠感とか、不眠はそれなりに解消したのだけれど、どうしてもホットフラッシュは引かない、なんていう方がけっこういらっしゃった。よくよく話を聞いてみるとホルモン補充療法(HRT)を避けなければならない、というわけではなかったので、それじゃ試しに…と貼付型のホルモン剤を処方したところ、貼ったその日からホットフラッシュが消えた!と次の外来で報告してくださった。ホルモン補充療法(HRT)もそれほど切れ味が良い治療ではないことが多いので、これは、漢方による陰の底上げに加えてホルモン剤による補充が効いたんだろうな、と思っている。
陰を補うためには、どうしても、睡眠が大事になってくる。とはいえ、更年期の症状のひとつに「不眠」というものがある。ようは陰虚の状態が続いているために眠れない、眠れないから陰がさらに不足する、という悪循環がここにできている。
ホットフラッシュというか、頭の熱、というところと不眠を見比べてみると、ここにも関係がある。なにしろ、睡眠の状態になるためには、深部体温の放熱をしなければならない。赤ちゃんが、眠る前に手足が温かくなる、アレのことだけれど、大人でもそれなりに放熱しないと眠れない。場合によって、部屋がしっかり暖まりすぎると、夜間に放熱がうまくいかなくて、中途覚醒してしまったりすることだって、ある。
頭の熱をうまいこと逃がして、そこを冷やせば、眠れるようになるわけで、眠れるようになれば、陰が補えるようになるから、熱を冷ますことが容易になってくる。悪循環を引き起こしている「熱」の処理が不眠にも関わってくるわけだから、不眠と熱感を分別して別の要素、と考えていては、解決の糸口を見失いかねない。
そんなこんなで、やっぱり熱ってのをなんとかしなきゃならん、ってことになる。黄連解毒湯は清熱剤で、熱をなんとか冷ます、っていう作用があるのだけれど、そういえば、不眠症の一部の人に有効だったりする。不眠といえば酸棗仁湯でしょう?ってナントカのひとつ覚えだった(あ、いや、他にも抑肝散とか甘麦大棗湯とかあるけど…)のだけれど、たしかに頭の熱感が強くて寝付けない、という人には、黄連解毒湯も有効なんだろうと思う。
でもさ。じゃあ、なんで頭に熱が集まるのさ?って部分については、まだあまり説明をしていなかった。これはひとつは不眠、があるんだろうなあ、って思う。もうひとつは、生物・心理・社会的な要因として、更年期ころの女性のあり方による部分が大きい気がする。
つまり、「家庭のことや家族のことなど、いろいろ頭を悩ませる問題が山盛りで、かつ、そこから逃げる時間がない」っていうことではないだろうか。
悩みごととか心配事をずーっと考えている、っていうのが、この更年期女性に、ありがちな状況なのだろうと思う。そういえば、更年期症状は、出産や育児などで「しんどいこと、つらいこと」があった場合、症状がより強く出る傾向がある、って報告もあった。踏んだり蹴ったりな気もするのだけれど、人生が大変だったから、頑張ってきた、その頑張りがある水準を超えたら、身体の不調になって出てくるのが当たり前、なのかもしれない。
頭に負荷がかかる不安や心配事をずーっと考えているのは、いわば電源を落とさずに、大きなプログラムを実行しているパソコンとか、使いっぱなしのスマホとかに近い状態になる。つまり、「電源が落とせない」ままで、「どんどん熱くなってくる」というところである。この熱が逃げ場を失って、頭にとどまっているのが、「ホットフラッシュ」の熱源になるのではないだろうかと、今はわたしはそのように考えている。
ちなみに、ストレスは、頭の緊張だけじゃなくて、みぞおち部分の緊張を引き起こすことがある。みぞおちが緊張で固くなると、じんましん(これも皮膚での熱の処理がうまくいかなかった病態であると考えられる)も出てきやすくなるし、あるいは動悸(そういえば更年期症状のひとつとして数えられていた)も出やすくなる。交感神経が優位になるので、末梢の血流はわるくなるから、手足が冷えると、冷えのぼせだって出てくる。これまた更年期に特徴的な症状であるけれど、手足が冷えているわけだから、そりゃ就寝時に熱の放散なんて、できっこない。
こうして、慢性的に心配事とストレスで、身体が固くなっているところにやってきて、のぼせと不眠でヘトヘトになっている…にもかかわらず、更年期の女性は、「いろいろやらなければいけないことが山盛り」になっている。じゃあ、それをなんとか、無理をしてでも動かそう、ってことになれば、そりゃ、エストロゲンが出ないのだから、ステロイドホルモンを使うことになるのだけれど、アドレナリンだよねえ。アドレナリンって、怒りのホルモンだから、これが分泌されていると、そりゃイライラするよねえ…。ってことになってくる。
あとは情緒は不安定になってきたりする(疲労が積み重なっているにもかかわらず、それでもやるべきことが多すぎるなら、無理をしなきゃならんので、頑張ってイライラするのに加えて、こうしたイライラの力が切れてきたら、今度は落ち込むことになる)。
…って考えてみたら、ほら、「血管の放熱に関する」っていう症状と、その他の身体症状と、さらには精神症状と、が、ひとまとめで説明できてしまう。
いや更年期障害の病態生理じゃなくて、ホットフラッシュの話だった。
やっぱり熱が籠もっていて、かつストレスでみぞおちが固くなっているから、熱の放散ができなくて、っていうところにやってきて、動悸しやすい、っていう条件が揃っている、ってことなんだろうと思う。
対処方法としては、まずは悩みごとを「いったん棚上げ」できるように訓練することと、みぞおちをやわらかく使えるように、緩めていくこと、そして、頭の使いすぎを休ませて、しっかり睡眠を摂ること、って話になる。
理屈でこれを言っても、だいたい、頭が熱くて、熱がこもっているようになった人の頭に、そんな情報が入るようにはできていない。
だから、いったん、強制的に頭をボーッとさせるのがやっぱり良いような気がしていて、頭への施術はそれを実現する良い方法だったりする。
頭を休ませるには、ひとつは「未完了の完了」というプロセスをお薦めしている。頭の中にある、「終わっていないこと」を全部書き出してしまう、というのが、その方法である。書き出しただけでは、まだ終わっていないのだけれど、次にいつ頃それを考えるか、の日程を決めてしまえば、脳みそ的には「終わったこと」扱いになるらしい。
「明日のわたしは、記憶喪失したわたしなんです。そのわたしが困らない程度に申し送り書をつくっておいてください」という言い方をすると、割とみなさん、納得した顔をしてくださる。「悩みごとも、明日のわたしにぶん投げたら良いのです。ぶん投げられたわたしは困るかもしれませんけれど、まあ困ったら、また明日のわたしにぶん投げたら良いんですよ。」って。
まあ、更年期っていうのは、だいたい、生き物としては、寿命に近い話になるわけで、そこから先を、今までと同じようにブイブイ言わせて頑張る、っていうのは、やっぱり無理がある。エストロゲンは、妊娠出産・育児一時金みたいなものだし、これが分泌されている間は子どもたちのために、って頑張れたのだろうと思うけれど、更年期からは、その一時金が止まるわけだから、そろそろ、子育てについても一段落つけて、あとは自分のために時間や体力を使ってくださいね、って、そういうギヤチェンジの時期が「更年期」なんだと思っている。
…ってことは、悩みごともほどほどで、ってことになるわけだし。そういう生き方のリズムやスタイルが変わる時期なので、いろいろ変化の違和感とかは出てきても仕方ない時期、ではある。
もちろん年齢的には、内科疾患もいろいろ出やすいお年頃になっているわけだから、この時期に一度は隠れた内科疾患がないかどうか、診ておいてもらうのも大事だと思う。いろいろの検査で異常がなければ、それを更年期障害と呼ぶ(更年期障害はいわゆる除外診断っていうことになっている)わけなので。