#45 睡眠についての、いくつかの質問

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  • 寝ている間に、何が起こっていて、何が身体に重要なのでしょうか
  • 規則正しい睡眠をとることと、寝たいときに寝て、眠くなければ寝ない、という生活の差は、何なのでしょうか 
  • 睡眠時間は、長くとればとるだけ、身体に有効なのでしょうか

 

産婦人科医っていう職能としては、睡眠の話、ってあまり専門と言える領域ではないのだけれど、やっぱり漢方の関係で診療をやっていると、睡眠の話、しばしば話題に上がる。

それと、健康診断の仕事をやっていると、やっぱり睡眠が大事だよなあ、って思うことがちょくちょく出てくる。

職域の健康診断を実施することは雇用者の義務になっている…?はず。で、法定項目って、健診のときにはずしてはいけない項目、ってのがいくつかあるのだけれど、そういう内容の中に、深夜勤務をされている従業員の健診は、半年に1回行うこと、って決まりがある。

これは、睡眠が阻害されている人たちに健康への影響がでてきやすい、ってことがわかっているから。

だったら深夜勤務ってのをナシにしたら良いじゃん、って思うのだけれど、なかなかそうも言ってられない業種もある。製造業なんかも、夜間の操業は、さすがに日中ほどの仕事量にはしていない(よね?まさか一緒とか言わないよね?)けれど、ラインを止めてしまうより断然良い、っていう判断をしていたりする。

産業医の資格を取るときの講習会で、やっぱり夜勤者の健康管理って話題が出てくるのだけれど、実態としては「慣れることができるひとたちもいるけれど、どうしても無理、っていうひとたちがいる」って話だった。

そして、工場なんかではたとえば2ヶ月くらいのサイクルで、日勤と夜勤が切り替わる。その方がまだ身体への負担は少ないらしいけれど、看護師なんかは、日勤と深夜勤と準夜勤(職場によって3交代の施設と2交代の施設があったりするし、日勤だけじゃなくて早出とか遅出とかいろいろあるからややこしい)とを一日単位で変更していく、というとてつもない状況がある。これについては講習会の講師も「ねえ…」って一言だった。理想の解決策っていうのは、産業医の中にも無いらしい。

そうやって良い睡眠が阻害され続けると、だいたいは、血圧が上がってくる、らしい。血圧が上がると、いろいろ不都合なことが出てくる。いわゆる心筋梗塞とか脳卒中(脳梗塞と脳出血をあわせた言い方。最近はあまり使わない?)とか、そういう血管系のイベント…って言うけれど、有害になり得る出来事が発生しやすくなる。

加えて、寝不足が続くと、身体は「今は大変な状況にあるに違いない」って判断する。当たり前と言えば当たり前なのだけれど、そういう緊急事態に対応するために、まずは「食い物を身体にため込め!」っていう方針をとることになる。寝不足だとつまり、食欲が亢進する。そして、食べたものを自分の身体に取り込んで、しっかり脂肪として蓄えることをせっせとやっていくことになる。

だから、寝不足があると、体重が減らない。なかなか大変なことになるのだけれど、できることならやっぱり、しっかり眠っていただいて、身体が判定している「非常事態!」って話をうまいこと、だまくらかしてあげてほしい。

さらに加えて寝不足は、判断力の低下を引き起こす。これ、自分自身では意外と「平気」とか「大丈夫」とかって思うのだけれど、あとで客観的に見るととっても怖いことをやっていたり、とかってのがある。

そういえば、寝不足じゃないけれど、飲酒運転がどれだけ怖いか、っていうのを、実際に飲酒してもらって体験してもらう、っていう講習会のニュースがあった。https://www3.nhk.or.jp/lnews/kitakyushu/20240820/5020016309.html

https://www.youtube.com/watch?v=f5aZ2RMIa9I たぶん、寝不足が慢性化していると、これに近いくらいの状態の判断力になっている、って言われている。え?自分で気をつけてもどうにもならないの?って思うのだけれど、気をつけてもどうにもならない。本人は自分自身がまったく普通だと思っているので。それもそれで怖い。

ちなみに、慢性化した寝不足ってどのくらいか、っていうと、6時間睡眠が1週間続いた状態。で、これがおよそ徹夜明けの状態とほぼ一緒、で、ほろ酔いの状態とだいたい同じ、ってことになっている。慢性の寝不足で車を運転していて、大丈夫なんだろうか…?って思うのだけれど、この辺、本当にどう考えたら良いものなんだろうかねえ…。

と、ざっと寝不足の害について書いてみたのだけれど、それだけじゃなくて、身体の中では、寝ている間にいろいろなことをやっている、らしい。

https://www.soshisha.com/book_search/detail/1_2690.html 『眠っている間に体の中で何が起こっているのか』西多昌規著、草思社。

わりと最近出版されたこの本は、いろいろな臓器が、眠っている間に、どれだけ「日中の発生したダメージの回復」をいそしんでいるか、というのがこれでもか、ってばかりに書いてある。タイトルから翻訳書なのかと思っていたのだけれど、日本人の研究者がまとめて書かれた本だった。

記憶の定着にも睡眠が必要、って話はあって。レム睡眠を邪魔すると、記憶が定着しにくくなる、なんていう研究結果もある。

寝る子は育つ、って言うけれど、成長期の子どもたちも、睡眠によって成長ホルモンの分泌は活性化するので、寝不足はなるべく避けたい、ってことになる。

そして、最近、脳脊髄液などによる老廃物の排出も、睡眠が必要である、ってことになっているらしい。なので、寝不足が続くと、脳の中に不要な物質が溜まりやすくなるのではないかって言われている。認知症の原因になったりするのだろうか…?って話もあるらしい。

だから、やっぱり眠ることって、けっこう大事なんだろうと思う。

って真面目にいろいろ話をしてきたけれど、かつてヨーロッパの人たちは、いわゆる「こびとのベッド」みたいなもので、半分座ったまま眠っていた、らしい。https://blog.goo.ne.jp/hanatumi2006/e/039f1ecf28ee836cbfc2cec5497b02f4 寸足らずのベッドに身体を起こしたままで寝ていた、って書いてある。

いやヨーロッパくらいなら、まだだいぶ治安も良くなっていただろうけれど、たとえば、ピダハンhttps://www.msz.co.jp/book/detail/07653/ なんかは、熱帯雨林に生活している。寝る時の挨拶は「蛇に噛まれないように」だから、本当に蛇の存在に対して緊張しながら、短時間の、浅い睡眠を取っていたんだろうと思う。

なんだよ。これだけ脅しておいて、昔はそんなにきっちり眠ってませんでした、って。じゃあ睡眠って、そんなに必要ないんじゃないか。

うん。その分、みんな短命だったのよね。

人が長生きするようになったのと、暖かい場所でしっかり油断して眠れるようになったこと、っていうのはけっこう大きく関係しているんじゃないか、って思う。ちなみに、日本の家屋は世界的にも「寒い」ことで有名で、寒いといろいろ健康に問題が発生して、健康寿命が短くなるなんていう報告もある。https://www.mlit.go.jp/common/001270049.pdf https://president.jp/articles/-/30551?page=1

寝不足っていうのは、あからさまに寿命を削っている、のかもしれない。っていう研究がいくつかある。交代勤務が頻繁になって、昼夜のリズムが変動すると、死亡率が高まる、という研究報告もされているらしい。(2017年。関連のニュース記事はいくつかみつけられたのだけれど、肝心の論文にはたどりつけなかった)https://10mtv.jp/pc/column/article.php?column_article_id=1477 https://www.supernurse.co.jp/column/14679/#

だから、ある程度、一日の睡眠リズムが定まっている方が、良いのかもしれない。

では、睡眠時間はどのくらいが適正なのか、って話になるのだけれど、だいたい7時間くらい、っていうのが一つの目安になっているらしい。

https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/8490.html これを見ていると、8時間を超えると、いろいろな死亡率が上昇することになっている。長すぎるのもあかんのか!?ってのはこれまた驚きだったのだけれど、どうなんだろうねえ…

昔、飲酒に関しては「ぜんぜん飲まない」人の方が「ちょっと飲む」人よりも死亡率が高い、という研究報告がされていて、つまり少量摂取が推奨される!みたいな話になっていたのだけれど、じつは「ぜんぜん飲まない」人の中に、「体調が悪くてぜんぜん飲めない」っていう人たちが含まれていたからだ、っていうびっくりな結論に到達したりしている。(つまりお酒は少量でも良くないって結論)

長いこと寝ている人たちの中には、体調不良で長いこと寝ないといけない、っていう人も含まれるのだろうから、ねえ。

とはいえ、現在の最先端はだから、7時間ちょっとくらい、の睡眠時間を推奨している。短すぎても長すぎても死亡率は上がる、ってことになっている。あ、もちろん、「睡眠負債」がある間はもうちょっとしっかり眠って欲しい。借金返したら、あとは7時間くらい、って思って貰うと良いのかもしれない。

世の中には「全然寝ないで平気」って豪語している人たちがときどきいるのだけれど、どうやら、長期間の観察の結果、ほとんどの方が「平気」といいつつ、寿命を削っていただけだったらしい、ってことが判明した。

ごくごくまれに「ショートスリーパー」って呼ばれる、睡眠時間が短くても平気な方があるらしいけれど、ほとんどの人はそっちじゃない。「いや、そうは言っても、寝ても4-5時間で目が覚めるから」っていうあなた。あなたは、それは早朝覚醒とか、睡眠が浅い、っていう睡眠障害です。日々、寝坊しないように、っていう緊張だったり、寝不足でも身体をしっかり動かさなければ、っていうプレッシャーだったり、そういうものの積み重ねの中で、油断して長時間眠る、ってことができにくくなってしまっているので、どうにか相談して、改善していただけたら、と思う。

 

  • 身体が、睡眠を要求しているように思えるときは (「ねむー」ってとき) 身体は本当に睡眠を必要としているのでしょうか。それは、怠惰や現実逃避の表現ではないのでしょうか

うーん。どうなんだろうか、ねえ。

両方の場合があるような気がする。つまり、ひとつは、やっぱり寝不足が背景にあって、ちょっと油断すると、眠くなる、っていう。

それと、もう一つは、やっぱり飽きてきた、っていうのもあるんだろうと思う。

この「飽きてきた」とか「疲れた感じがする」って、けっこう難しい。なんでかっていうと、頭、って自分自身の全体を把握するのが仕事、ってところもあるから。

東京近辺で大雪になったり、あるいは地震があったりすると、全国ニュースがその報道ばっかりになったりする。放送局がほとんど東京中心だから。ニュースを見ていると、あたかも日本中が大雪とか、日本中が地震になった、みたいな心持ちになってしまう。

それと似たようなことが、頭については、起こることがある。つまり頭がくたびれると、全身がくたびれたような「感じ」が出てくる。しかも、これは、全身はくたびれていないので、なかなか睡眠にもっていきづらかったりする。だって、身体は平気、元気、なんだから。

そういう「眠気」がやって来たときには、いったん休憩をして、気分転換をお薦めしたい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%A2%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF ポモドーロテクニックってのがあって、これは25分の集中と、5分の休憩、という時間での作業になっている。

だいたい、人間の集中力って言うのはまあ、25分くらいしか続かないらしいので、こういう時間設定をして、間に休憩を挟む方が、集中力が長持ちする、らしい。

あとは、目の疲れ、というのは、これも眠気のような症状を伴ってやってくる。これには目の体操をしてほしい。顔を動かさずに目を正面から上、正面に戻して右上、正面に戻して左上、正面に戻して右横、正面にもどして左横、の5パターンの動きで1セットになっているけれど、これを10セットくらいやってもらうと、目の疲れ…というか、外眼筋の偏り疲労が解消する。

こういうリフレッシュを入れてみても、やっぱり眠気が出てくる、っていうのであれば、それは眠たいんじゃないだろうか…って思う。

私も、以前、過労うつ的な状態を、自分自身で経験したことがあるのだけれど、たしかに、過労うつの時には、本が読めなくなった。1ページ読もうと思っているところで、眠気がやってきた。あれはやっぱり寝不足が積み重なっていた、ってことなのかもしれない。

その後、粗大ゴミのように扱われつつも長時間の睡眠を重ねた結果、それなりに回復してきて、わりと本も読めるようになってきた。とはいえ、やっぱり勉強したり、本を読んだりしていると眠くなることも、ある。リズムがあっていないとか、興味がないことだった、とか、そういうことになるのかもしれない。

野口整体の野口晴哉先生は「嫌いな科目を勉強するのには、間食をつまみながらするとよい」と書いている。ただし、これは体重がもう、てきめんに増える。食べたことに気づかないうちに食べているので、本当に体重のことに関して言うなら、良いことはない、のだけれど、これをすると、嫌いな勉強がそれなりに進んだりする。ずーっと、この方法を使う、というのはお薦めできないが、一時的に、どうしても必要…だけれどその勉強はつらい、というときには、緊急避難の方法としては「あり」ではないかと思っている。

試験勉強をしようと思うと、部屋を片付けたくなったりする、っていうのは、割とあるらしいけれど、これは断然、逃避だったりはする。なので、リフレッシュとか気分転換するときにも、ちょっと時間を設定して、ちゃんと戻ってくる仕掛けを作っておくのが必要かもしれない。

受験勉強はけっこう、つらい。どれだけ勉強しても、勉強が足りないかもしれない、って思いながらになると、とっても大変。なので、体調にはしっかり気をつけていただきたいし、適宜気分転換も入れていただきたい。

そして、どうしてもこの勉強は自分には向いていない、みたいなことがあるんだったら、ひょっとすると、その受験から先の道もけっこう険しいかもしれない。

なかなか大変なことだけれど、そうなったとしたら、もう一度立ち止まって、自分の人生の道を確認しなおす作業が必要になってくることもあるかもしれないと思う。

できることなら、良い結果が出て欲しい、とは思うのだけれど。