#41 帝王切開と、さかごの話

nishi01

妊娠・出産を経験したことのない、女性の鍼灸師の方からの「聞きたいけど何をどう聞いていいかわからない」的な感想がありました。

鍼灸は逆子に効果があるという評判があって、一方では「至陰への灸」程度の知識しかないわけで。まあ、東洋医学的な知識と技術は別に身につけるとして、逆子はどの時期まで対処していいのか、とか、自然分娩を諦めるべき危機的な身体状態というのはあるのか、帝王切開をした場合の出産後の不利益とは何か、といったような疑問があるようです。

さかごの不安とか、帝王切開とか、ってことについて、どこから…?っていうご質問を頂戴していたのでした。うーん。どこから話を始めようかしら。

ひとまず、帝王切開の話をしようか。

 

帝王切開っていうのは、カエサル(ジュリアス・シーザー)がその方法で生まれてきた、っていう伝説があるらしいので、そこから名前がついた…っぽい。(誤訳だった、っていう説もある?らしいけれど、まあ日本語はカエサル=帝王の翻訳をしてる感じがするよねえ)

一般向けにも様々な医療機関が広報しているので、参考にひとつ紹介しておく。https://www.ncchd.go.jp/hospital/pregnancy/column/teiousekkai.html

産婦人科医として、帝王切開をしなきゃならない状況、っていうのは、いくつかある。ざっくり言うと「帝王切開することが、お母さんと赤ちゃんにとってより良いと思われる状況」ってことになるんだけれど、この辺、実はギリギリの話をすると、いろいろ難しい。

産婦人科の勉強をしたら、10人が10人とも「うん、それは帝王切開だね!」って言う状況としてはまず「前置胎盤」ってのがある。これは、胎盤のくっついた場所が、子宮口っていって、本来ならそこが開いて赤ちゃんが出てくる道の部分だったときのこと。これは、本当にどうしようもない。だって、産道が開いて来ようと思ったら胎盤が剥がれるしか仕方ないわけだから。

昔は前置胎盤に気づかないまま産み月まで育っていて…なんてこともあったらしいけれど、最近は経腟的な超音波エコー検査をすれば、だいたいわかる。だいたい、っていうのは、まあいろいろ事情があって、子宮頸管が見えづらい場合もあるから。

前置胎盤の方は、わりとしっかりした出血があることが多い。初回の出血は、その後何事もなかったかのように止まることが多くて「警告出血」って呼ばれる。こういう出血があったら、あとは安静にしてもらうのに、入院管理っていう方が安心だったりする。

「警告出血が全然ない前置胎盤の方が怖いんだぞ」って、昔、上司におどかされたことがあった。警告出血っていうのは、その部分で胎盤がすこし、剥離した、っていうこと。だから、逆に言えば、胎盤が「剥がれる」ってこと。出血が全然ない場合、ひょっとすると、胎盤ががっちりくっつきすぎていて、剥がれないかもしれない…(癒着胎盤などと呼ぶ)って心配がもう一つ出てくる。

前置胎盤じゃないけれど、やっぱり胎盤が剥がれない、とか剥がれないような気がする、っていうのは何度か経験がある。大騒ぎしながら上司を呼んだら、上司が到着する直前に、何事もなかったかのように胎盤がつるん、って出てきて、すごい気まずかった記憶がある。何事かある場合も多いから、しっかり対処できる体制を作るのは大事なんだけれど、空振りする方が、準備できていないよりはマシ、ってことにして欲しい。

帝王切開をした方が良い状況ってのは他にもいくつかあって、子宮の手術をしたことがある場合、たとえば、子宮筋腫を核出した、とか、あるいは帝王切開をしたことがある、とかっていう場合には、どうしても子宮の傷の部分が伸びが悪くなっているんだろうと思う。

そのまま陣痛が来て、子宮が収縮すると、この部分の周辺で傷が開くことがある。これを子宮破裂って呼ぶ。最近主流の帝王切開は、子宮の下側を横に切開する方法で、これの場合は、古典的な子宮の真ん中を縦に切開するやり方よりも子宮破裂の危険性はずーっと低くなったから、帝王切開経験後の陣痛トライアル(TOLAC)とか、帝王切開経験後の経腟分娩(VBAC)とか呼ばれる形で、お産をしようね、っていう施設もあるのだけれど、いろいろ条件が厳しくなってきていて「一度帝王切開だったら、次からも帝王切開ね」っていう方が増えてきているような様子ではある。

他に帝王切開が必要なのは、もう、お産がともかく進まない、とか、赤ちゃんやお母さんの健康状態に心配がでてきたから早くにお産を済ませたいとか、っていう状況。

これは、だいたいは緊急帝王切開になる。前置胎盤じゃないけれど、普通の位置にある胎盤が剥がれてきた、なんてことが、これもごくごくまれにあるんだけれど、そういう病態(常位胎盤早期剥離)なんかの時には、母児の救命のために、大急ぎで帝王切開をする必要があったりする。最近は母親教室で、ちゃんとこの常位胎盤早期剥離については妊婦さんに知っておいてもらおう、っていうキャンペーンがあったので、皆さん、そうかもしれない、っていう症状があった場合(お腹が急に痛くなるとか、出血があるとか)には、ちゃんと大急ぎで連絡して、大急ぎで受診してくださいね、って話をお伝えしている。

常位胎盤早期剥離についてはこちら。https://www.ncchd.go.jp/hospital/pregnancy/column/taiban_hakuri.html

それから、逆子(骨盤位)の場合。

骨盤位の分娩がなぜ経腟分娩ではいけないのか、って話はいろいろ難しいのだけれど、一言で言うと、赤ちゃんに後遺症が出るリスクが高くなるから、ってことになる。

赤ちゃんは、たいていの場合、頭が一番大きいので、逆子で生まれてくるときには一番大きいところが一番最後に出てくることになるんだけれど、ごくまれに「やっぱり頭が大きくて、ひっかかってしまった」なんてことがある。

それから、赤ちゃんが生まれてくるまでは臍の緒から酸素をもらっているわけだけれど、その臍の緒が先に出てくるのが逆子のお産だから、このままでしばらく時間が経つと、赤ちゃんに酸素が十分届かない状態が続いたりする。かといって、無理に引っ張ったりすると、どこか骨が折れたり、脱臼したりする心配もあったり。…っていうことで、最近は逆子のお産は帝王切開をしよう、っていうのが主流になりつつある。

なので、逆子での帝王切開を避けたい、ってなったら、赤ちゃんにお願いして、頭を下にしておいてもらう、ってことになるんだけれど…。

逆子体操って一般に言われているものは、「胸膝位」ってのがある。https://medical.jiji.com/medical/031-0027-99 お腹が大きくなってきてから、この姿勢とるのも結構大変なんだけれど、こうやって、骨盤にはまっている赤ちゃんのお尻を浮かせてから、回ってもらおう、っていう形。「妊婦さんに逆立ちやってもらったら良いんだよ」って書いてる先生もいらっしゃったけれど、逆立ちはさらに大変。

一応、逆子の赤ちゃんに対して、外から子宮を押して回転させる「外回転術」っていう方法もある。これも熟練の先生がやると、わりと上手いこと頭が下に戻ってくるらしいけれど、頑固な子はなかなか戻らないし、子宮を押すことで、赤ちゃんの調子がしんどくなることもあるから、緊急で帝王切開できるようにしておいてから、っていうことになっている。

野口整体の野口先生は「そんな、ものじゃないんだから、ちゃんと赤ちゃんに言い聞かせたら頭が下になるのだよ」って書いているけれど、うーん。野口先生がおっしゃるほど簡単にみんな頭位になってくれたりは、しない。難しいよねえ。

鍼灸っていうか、至陰のお灸はわりと有名で、あるいは三陰交にお灸するんだ(いやいや妊婦さんの三陰交は禁忌穴だって話もある)、みたいな話もあったりするのだけれど、古い論文によると、妊娠28週くらいには、治療を始めた方が、逆子の改善には良さそう、ってことになっている。https://twinkle.repo.nii.ac.jp/record/9634/files/6510000001.pdf

通常、臨月で逆子の割合が3から5%って統計になっているから、それは待っていてもそのまま頭位になったんじゃないの?って議論は残るのだけれど、どうやら、働きかけが早いほうが効果がある、ってことになっている。産婦人科医としては、妊娠30週未満の赤ちゃんがどっち向いていても、あまり興味なかったりする先生が結構多いと思うから、この辺の意識にはだいぶ差があるのかもしれない。

Just a moment...

コクランレビューっていう、EBM実践の総本山みたいなところには、逆子に対する灸治療の効果、なんて論文もちゃんと評価されたものがあって、論文にした方があったんだねえ、ってことなんだけれど、「逆子はわりと頭位になるけれど、帝王切開の数はあまり減らない」みたいな、また妙な結論になっている。一体何が起こるのだろうか…?って思うけれど、統計的な調査のまとめだから、病態がどうこう、っていう説明が無い…というか、説明のしようが無い…のが、このあたりの「普通」ってことになっている。

帝王切開には帝王切開のリスクってのが、それなりにあったりは、する。

まずはお母さんの出血量が増える。普通のお産に比べたら、一般的には傷が増えるから、その分出血が多くなる。ほとんどの場合は、輸血が必要になるほどではないくらい。とはいえ、術後の貧血は出てくることがあるから、妊娠中からの貧血があったりすると、ちょっとしんどくなるかもしれないし、場合によっては輸血した方が良いこともあるから、そこは医師の判断に委ねて欲しい。最近は自己血輸血なんて方法もあるから、妊娠中に事前に自分の血液を貯めておく、なんて準備をしておくこともできる。

羊水塞栓症なんていう、またわけのわからない病態も、ごくごくまれに、出たりする。これは、血管内に羊水が入ることで、母体がショックになったり、あるいはお産のあとの出血が止まらなくなったりする疾患。普通のお産よりは羊水と血液の接触リスクが増えるから、って言われているけれど、実は、普通のお産でも羊水塞栓症はごくごくまれに発症することが、ある。帝王切開の方が少しだけそのリスクが高い、とされているけれど、羊水塞栓症そのものの頻度がそもそも高くないので、なんとかなっているのだろうと思う。

帝王切開で、あちこち切開するわけだから、もちろん周辺に傷ができないように、っていうのはすごく気をつけてやっているんだけれど、やっぱり時々、思いがけないところに傷ができることがある。たとえば、子宮に腸が癒着していたので、その部分に傷をつけた、とか、膀胱がやっぱり癒着していたので、そこを傷つけてしまった、とか、あるいは、子宮を切って、赤ちゃんが思いのほかすぐそこに居たので、赤ちゃんの皮膚に傷をつけた、っていうようなことも、あったりする。

どこの傷もそれができたことに気づいて、ちゃんと修復することができたら、ほとんど問題にはならないけれど、私も昔、膀胱に穴をあけて、修復をしてもらったことがある。以前に手術を受けたことのある方で、癒着がきつかったことなどが理由だと思っている。

帝王切開の時の麻酔は、一般的には腰椎麻酔(脊椎麻酔とも呼ぶ)でやることが多い。最近は硬膜外麻酔というのを併用したりするのだけれど、これがあると、手術後の鎮痛にも使えるから術後が楽だったりする。帝王切開の時の麻酔については日本産科麻酔学会っていう学会があって、そこが一般向けのQ&Aを出している。https://www.jsoap.com/general/c_section

いわゆる手術の時の全身麻酔、っていうのをしないの?って思うかもしれないけれど、全身麻酔をすると、胎盤を経由して赤ちゃんも麻酔にかかったりする。そうすると生まれてきてから、最初に呼吸して欲しいんだけれど、その呼吸をしない(スリーピングベビー)ってことがあって、人工換気しながら目を覚ますのを待ったりすることになる。事情があって、全身麻酔で帝王切開をするときは、だから、お母さんに麻酔がかかったら大急ぎで赤ちゃんが生まれてくるように頑張るし、麻酔を始めるのをギリギリまで待ってもらうことになっている。

腰椎麻酔をすると、その後、数日は硬膜穿刺後頭痛、といって、身体を起こすとまもなく頭痛が出てくる、という方が結構多い。横になっていると頭痛はぜんぜん無いから、安静にしてもらったりしている。最近は術後はわりと早くに離床しましょう、ってことになってきているけれど、腰椎麻酔のあとの影響はやっぱり大きいし、無理して欲しくない。だいたい3日から5日くらいで、いきなり大丈夫になるから、それまで待ってくださいね、ってお伝えしている。

まれに、この頭痛が慢性化することがあるのだけれど、これを慢性の低髄圧症候群って呼ぶ。硬膜にあいた穴がきちんと塞がらなくて、徐々に髄液が抜けていく、っていう病態らしいので、この穴の空いているところに蓋をするような治療をすることもある。ブラッドパッチといって、自分の血液を採取して、その成分を穴の空いているところに注射するような治療法らしい。

帝王切開を受けた後、子宮の傷の部分が三角形に広がってしまうことがちょくちょく、ある。この部分に月経血が集まって、いったん溜まってから時間差で排出される、なんてことが起こることがあって、帝王切開を受けられた方で、月経のあと、しばらく不正出血が続く、なんてことになる場合もあったりする。ここに腺筋症みたいな病態が重なったりすると、不妊症になることもあるらしく、そういう場合には、この瘢痕部を切除しなおす、っていう治療をすることもあるらしい。

あとは、胎盤がこの瘢痕部にくっつくようなことがあると、癒着胎盤を起こしたりしやすいので次の帝王切開の時にはちょっといろいろ悩んだりする。

帝王切開が比較的安全にできるようになってきたのは、事実なんだけれど、やっぱりいろいろ影響はあるし、次のお産も帝王切開になることが多いから、なるべく帝王切開にならないようにしたい…っては思うのだけれど、やっぱり帝王切開じゃないと無理だったよねえ、ってことはあるわけで、まあ、仕方ないことだし、帝王切開してしまってから、時間をひっくり返すわけにはいかないのだけれど、避けられるなら、帝王切開を避けて欲しいとは思っている。