#30 ホルモンバランスのみだれ、という表現について

nishi01

ホルモンバランスのみだれ、って、そういう表現をわりと耳にすることがあるんだけれど、じゃあ、あれ、具体的にはどういうことなのか?って考えたこと、ありますか?

似たような言葉としては「自律神経のみだれ」なんて言葉もありますけれど。まあそれはちょっと今はおいておくとして。

ホルモン、って一体なんだい?ってところから考えないとならないのかもしれないですよねえ。きっちり考えようとすると。

【ホルモン】(Hormon)体内の特定の組織または器官で生産され,直接体液中に分泌されて運ばれ,特定の組織や器官の活動をきわめて微量で調節する生理的物質の総称。甲状腺ホルモン・副腎皮質ホルモン・雌雄性ホルモンや,昆虫の変態ホルモンなど。

今ひとつわからんけれど、そういう形で書いてあった。日本語では「内分泌」っていうのがまあホルモンの話にいちばん近いところにあるのかなあ。内分泌・代謝内科ってのが、内科の中でもある。あそこは糖尿病とか、甲状腺の異常を主に診療している先生がいらっしゃるところだった。

糖尿病っていうのは、血糖値を下げるホルモンである、インスリンの分泌が足りなくなることがその病態の中心にあるのだけれど、血糖値を「上げる」働きのあるホルモンは、なんと、5つくらい、ある。どっちかというと、ヒトは血糖値を上げなきゃならん状況の方が歴史的には多かったらしく、こんなに飽食になってきたのは人類の歴史の中でも例外的な出来事だ、ってことなのかもしれない。

身体に悪いものは、どうして美味しいんだろう、ってつぶやいてた方があったが、糖分にしても、脂肪分にしても、あるいは塩分にしても、それらが「美味しい」って設定してあるのは、頑張ってそれらを摂取しよう、って思うように、ってことだった筈なんだけれど、人類がその感覚を追求しすぎたせいで、近年は「摂取しすぎ」の弊害が出てきている、ってことなんだろう。だから、極端にそれらを制限するのも、また考え物だったりする。

あとは甲状腺のホルモンの関係だよねえ。甲状腺の異常は、若い女性にわりと多いと言われていて、甲状腺機能の亢進症とか、低下症とか、っていうのがある。これももともとは視床下部に内分泌のセンターみたいなのがあって、そこから脳下垂体に指令(ホルモン)が出て、脳下垂体から甲状腺に向けた指令(ホルモン)が出て、それに反応して、甲状腺からホルモンが出てくる。

なんでこんなに多段階で制御しているのか、はわからないんだけれど、まあ、産婦人科で関わりのある、女性ホルモンも、甲状腺ホルモンみたいに、何段階かの、指令が重なっている。

こういうホルモンが、じゃあ、全身に分泌されたり、あるいは局所に分泌されたりすることで、次の作用につながるのだけれど、大きく分けると、2パターンのホルモンがある、ってされている。

一つは、「標的臓器(つまりホルモンが情報を伝達したいと思っている先)」の表面にくっつくところ(受容体)があって、そこにくっつくことでいろいろな情報がその後、細胞の中に入っていくパターン。ホルモンの中でも、「ペプチドホルモン」って呼ばれるものは、だいたいこっちの形をしている。

割と有名な「受容体」ってのは、「七回膜貫通型」とか「Gタンパク共役型」とかって言われるものがあったりするんだけれど、この辺はめちゃくちゃ煩雑になるので、ちょっとパス。

あとは細胞の中での情報をどういう形で伝達しているか…みたいなのはいっぱいあるはず。で、素朴な疑問としては「似たようなパターンの受容体がいっぱいあったとして、その下流の道具立てが似ていたら、情報は混線しないの?」ってことなんだけれど。これはうん。なんというか。標的臓器の細胞ごとに、並んでいる受容体とか、その受容体からの信号を受け取って反応するたんぱく質が、それぞれ違うってことで、説明ができるんじゃないかな、って思う。

もう一つのタイプの受容体は、「核内受容体」って呼ばれるものになっている。一般的な動物の細胞って、脂質二重層で構成された細胞膜ってのがあって、その中に核の部分にも膜の構造がある。で。核内受容体にくっつく形のホルモンは、例えばエストロゲンとか、プロゲステロンとか、そういうステロイドホルモンは、みなこっち側なんだけれど、対象臓器の細胞の「中」にまでずかずか入り込んでから、そこで反応をする相手に出会う、みたいなイメージがある。

で、この受容体のパターンだと、実は、すぐ横に遺伝子がある。なので、受容体が反応すると、何らかの遺伝子がその先で発現するとか、逆に抑制する、とかってことが起こりやすい、らしい。

何しろ、エストロゲンっていうのは、発見されてきてから、いろいろな効果がある、っていうのが知られていて、例えば、血管の状態を維持するとか、皮膚のつやをよくする、なんていうのもエストロゲンの働きって、言われている。

なんか、そういうのの受容体っていうのが、核内受容体スーパーファミリー?とかっていう名前で呼ばれているらしい。最近は遺伝子の検索がすごく進んだ結果、似たようなたんぱく質の受容体ってのが増えた。どのくらい増えたかっていうと、ホルモン?だか、まあそういう信号の物質の、なにを受け取っているのかがわからない受容体がそこそこあるらしい。ものの本によると、例えばビタミンDなんかも、わりとホルモンに似た挙動をするらしい…

とはいえ、ビタミンDは自前で製造していないから、ホルモンとは呼ばないわけで…みたいな形の、自前で作っていない物質に対する受容体かもしれないわけで。こういう「受け止めるもの(リガンドって呼ぶんだけれど)がわからない受容体を、オーファン受容体とかって名前で呼んでいたりするらしい。

まあ、そういう核内受容体スーパーファミリー?の中でも、どうやら、エストロゲン受容体って、結構古くから使われていたらしい。細胞の増殖とか、そういうことに効いているのかねえ…。って思うのだけれど。

一方で、プロゲステロンもこの核内受容体スーパーファミリーに、受容体がある。こっちもなんだか、受容体が2種類だかあって…みたいな話で、いろいろややこしいし、実際のところ、全部が全部、受容体がプロゲステロンを受け止めてから先の変化が、把握されているわけでもない。

一応、私の立てた理屈では、エストロゲンってのが、すごく「良いこと」をいっぱいやっているんだけれど、ただ、細胞が頑張りすぎることがありすぎて、癌を作りやすくなるのだろう、って思う。それを、プロゲステロンがなんとかブレーキかけている、ってことなんじゃないかと思っているのだけれど。ついでにいろいろ子宮内膜の維持とか、基礎体温の上昇だとか、そういう働きものせてみた、ってことなのだろうかしら。

で。一般的に、女性の体調の話をしていて、「ホルモンバランスのみだれ」って言葉が持ち出されるときっていうのは、どうやら、この「エストロゲン」と「プロゲステロン」のバランスが「みだれている」時に言われる、らしい。って話で、あちこちには「たとえばPMS」とか「たとえば更年期障害」とか、って書いてある。

うーん。PMSはねえ。きっちり、正常の月経周期と、ホルモンの変動があるから、引き起こされているのであって、ホルモンのバランスとしては、ごくごく普通なのよ。バランス、みだれていないのよ。

更年期障害の方はねえ。多少エストロゲンの分泌が減ってきているだろうけれど、一緒にプロゲステロンも減るだろうからねえ。その二つの「バランス」、ってことで言うと、意外と綱引きで、良い感じにバランスがとれている可能性もあるのよ。まあ、エストロゲンの分泌が減る分、FSHとかLHとかが頑張っていっぱい出てたり、っていう意味では多少、それまでとは違ったホルモンのプロフィールにはなるんだけれど。

なので、厳密に言うと「ホルモンバランス」が乱れているわけ、じゃない。

私の言い方をするなら、「エストロゲンの影響が弱まって、無理ができなくなった(り、あるいは体調の不良を自覚するようになった)」状態を、ホルモンバランスの乱れ、っていう表現にしているんじゃないか、って思う。

自律神経のみだれ、っていうのも、決して自律神経が失調しているわけじゃない、と思いたい。いや、交感神経が過緊張で、その過緊張から抜け出せなくなった、とか、っていうのは、乱れているのかもしれないけれど。この辺は、交感神経=アクセル、副交感神経=ブレーキ、っていう表現で説明している。アクセルをベタ踏みしていた状態が続いたところで、ちょっとブレーキ踏んだりすると、スピンするでしょ。そもそもアクセルのベタ踏み状態がつづくとさ。エンジン焼き切れそうになるし、タイヤもすり減るし。ボディーだって、ガタがくるよね。って。

それは、アクセルが悪いんでしょうか、ねえ?って考えたらわかるじゃんねえ。アクセル踏みすぎているのが悪いわけでさ。アクセルそのものが不調なわけじゃないよねえ。まあ、うっかり踏みすぎた状態がつづいていて、アクセルを踏んでいた足を上げられなくなった、っていうのが不調なのかもしれんけれど。

ただ。

私の、エストロゲン作用の理論だってさ。結構説明するのに、文字数が必要なのよ。

読んでいる方もさ。つらつらと読んで理解できるかどうか、っていうと、結構行ったり来たりしている可能性があるのよ。

そういう話をいちいちするよりは「ホルモンバランスのみだれ」って言っておいたら、さ。

なんかわかった気になるのよ。で、わかった気になったらさ。その先、「じゃあ先生、ホルモンバランスがみだれた、っていうのはわかりましたけれど、具体的にどのホルモンとどのホルモンのバランスが、どういう風に乱れたんですか?」って突っ込む人はあまり居ないのよ。自律神経のみだれ、ってのもまあ、一緒ね。

つまり、いろいろ説明するのが面倒くさい時の、上手にまるめこむ、良い言葉、なんですよ。骨盤矯正やってる先生が「不調の原因は骨盤のゆがみですねえ」って言ってるのと、おおよそ一緒…(ほんとうかよ)。なので、「ホルモンバランスのみだれ」って言われたら、うまいこと、あ、そうなんだ、ってだまくらされてくださいね。

ただし。

最近、この「ホルモンバランスのみだれ」っていうのが、リアルにある、って信じておられる先生がときどきいらっしゃる。カルテのA(SOAP式で書いてるから、Aはアセスメント=評価ってのを書く欄なんだけれど)に「ホルモンバランスのみだれ」って書いてあるのを見かけたときには、え…?って思った。小一時間くらい、具体的にどういうみだれを想定したのか、聞きたいと思った。聞かなかったけれど。

そういえば、昔は「血の道」って言葉があったのよ。血の道症とか。婦人向けの古い漢方とかには、今でも書いてあったりする。あれ、今で言うところの「ホルモンバランスのみだれ」みたいな話なんだろうなあ。江戸時代の本にある「帯下病」ってのも、どうやら、そういう「血の道」とか「ホルモンバランスのみだれ」みたいなものが一切合切含まれていた、らしい、って話もあってさ。なんか、やっぱり昔から、なんとも説明しがたい症状と病態、ってのが結構あったんだろうと思うし、そういう症状や訴えを診療するのに、苦労してこられた先輩方がたくさんいらっしゃった、っていうことなのかもしれない。