#21 性感染症の話-3 (HIV感染症とAIDSについて)

nishi01

感染症の話を書いたときに、HIV/AIDSのことについて書き忘れていたことに気づいた。

私自身がHIVについて、そんなに臨床で触れてきたわけじゃない。

医学部に居たことや、大学生時代に生命倫理のゼミで議論をしていたこと、なんかで、多少は情報が入ってきていた、ってことはあるんだけれど、まあそのくらいの話といえば、そのくらいの話でしか、ない。

『神様がくれたHIV』https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314010665 北山祥子。

この本はもともと2000年に出版されていて、2010年に改訂新版が出版されている。たしかご本人は、保健師さんだった。ご本人が感染を伝達されてから、受け止めるまでの心の揺れとか、その間の治療とか、ご自身の体調とか、そういうことがいろいろ書かれている本。この本にはわりと出版直後に接することがあって、一気読みした記憶がある。2010年の新版には「その後」が追記されていて、それもどこかで読んだ。

HIVの治療については、本当に簡便になってきた、って話は聞いた。昔は、定期内服の薬が4−5種類あって、なんなら、1日2回内服の薬もまざっていた?とかそういう話だったのだけれど、今はそれらが1錠の薬に詰め込まれているらしい。1日1回、1錠で良い、っていうのはすごく楽になってきた。そして、ちゃんと治療を継続していたら、それなりに体調は安定するし、AIDSの発症をそれほど恐れなくても良い。北山さんも本の中で「もうHIVっていうのは、それで死ぬ病気じゃないんだ、むしろ、生活習慣病への注意が必要なんだ」みたいなことを書いておられるくらい。

すでに2000年の本の中でそういう話になっているから、それ以前の映画『フィラデルフィア』(1994年、HIV感染を理由に解雇されたのは不当だ、と訴える裁判の映画。証言台の上で病変を見せるシーンなんかはかなり印象的だった)とか、『クリストファーの夢』(https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784422112848 日本語の本は2003年刊行になってる。ユング派の心理学者が、とあるクライアントとのセッションをしていたのだけれど、ある時、クライアントがHIVに感染していることが判明して…そして、そのクライアントが亡くなるまでの夢分析をまじえた記録)に出てくるクライアントみたいな、そういう経過は「過去のもの」になりつつある。とはいえ、AIDS発症される方もあるし、薬は飲み続けなきゃいけないし、診療は容易じゃないんだろうなあ、って思う。

HIV/AIDSっていちいち、両方を併記するような書き方をしているのは、AIDS…後天性免疫不全症候群を引き起こす原因はHIV…ヒト免疫不全ウイルスなんだけれど、このHIVに感染している状態から、AIDSが発症するまでの間に、ずいぶんと長い時間がある、っていうこと。

HIV感染症の自然経過 | ACC患者ノート「からだ・こころ・くらし・くすりノート」

感染初期には風邪とかインフルエンザ的な症状が出現するのだけれど、これはそのまま放置していても、いずれ消失していく。だから、「あれ?風邪引いたかな?」くらいの話にしかならない。で、その後数年から10年くらいはなんにも自覚症状はなかったりする。これがHIV感染の状況。

時間をかけた形で、HIV感染によって白血球が破壊され、免疫機能が低下してくると、あるところで、普段なら感染発症しないような病気がいろいろ出てくる。これを「日和見感染」って呼ぶんだけれど、免疫が極めて弱体化して機能しない状態ができてくると、カリニ肺炎とか、カポジ肉腫とか、っていう、エイズの描写で有名になってきたような、「なんでこんなのにやられるんだ?!」っていう、「たいしたことのない」病原微生物による感染が起こってくる。だから、AIDSの病態っていうのは、俯瞰的に見ると「免疫が働かなくなって日和見感染を引き起こした状態」って話になるんだけれど、日和見感染を起こす微生物や感染する場所によって多彩な症状が出現してくる。

https://www.acc.ncgm.go.jp/general/note/part_a/sec06_22.html 指標疾患の一覧がこちら。

で。「いきなりエイズ」って話がここで出てくるの。

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/shiryou4_4.pdf

いきなりステーキ、じゃない。いきなりエイズ。HIVの感染から数年は、なにも症状が無い状態が続いているはずなんだけれど、そもそも自分が感染したかもしれない、って認識が無いから、あるとき、AIDSを発症して医療機関を受診、そこではじめてHIV感染の状態であることが判明する、っていうのを「いきなりエイズ」って呼んでいる。厚労省の資料にも載っているので、公的に認知された用語ってことになってるんだけれど。

現状、いきなりエイズ率が日本ではおよそ30%前後、らしい。多いのか、少ないのかはわからないけれど、この「いきなりエイズ」でやってくる30%くらいの人たちって、つまり、それまでの無症候期には、自分が感染していると夢にも思っていないまま、他の人に感染を広げている、可能性があるんだよねえ。

産婦人科の関わりだと、妊娠の初期に感染症の検査をいろいろ、やる。

クラミジア、梅毒、ウイルス性肝炎(HBV、HCV)、それからHIV。で、時々、このスクリーニング検査で陽性になるひとがいる。

https://hivboshi.org/manual/leaflet/leaflet02.pdf

ここでうっかり「あなた、HIVに感染しているわよ!」なんて形で説明したら、本当に大騒ぎになるから注意が必要で。スクリーニングだからね。感度はものすごく良くしてあるのだけれど、たまに「偽陽性」ってのが出る。つまり、本当は「陰性」の結果が出るべきひとなんだけれど、何らかの理由で「陽性」って判定が出てきてしまった、っていうこと。もちろん場合によってはその反対の「偽陰性」ってのも出ることがあるんだけれど、こういう検査でどっちの方が望ましいかっていうと、偽陰性がともかく少ないのが大事なわけ。だから、多少の偽陽性が出るのは仕方ない、ってことで、偽陰性が出ないような仕組みにしてある。

できたら、偽陽性も出て欲しくないから、どんどん特異度ってのもあげてきていて、本当に偽陽性が出るひとたちも少なくはなってきている。のだけれど、偽陽性が出る確率と、実際に妊婦さんがHIVに感染している確率がそもそも違う。たしか日本国内では、年間で20人くらいだったはず。ちょっと数字が出てこないけれど。80万人ちかくの出産があるうちの、20人くらい。さすがに、それよりも断然偽陽性の方が多い。リーフレットには「一次検査で陽性の人の31人にひとりがHIVに感染している計算になります」って書いてある。この辺は、またHIVの感染が広がったりすると変動するのだけれど。

母子感染対策 | 解説編 | HIV感染症とその合併症「診療と治療のハンドブック」

ええええ?陽性って言われた人の9割以上が「嘘」ってことなの?ってなるんだけれど。しかも、この検査の感度とか特異度って99.9%とか、そういう数字になっているんだけれど。ってこの辺の数字のトリックに頭を悩ませるのよ。医学部に入ってきている医学生でも(本当に医学部生って頭が良いんだろうか…?って悩むことあるよねえ。別に悩んでみても仕方ないんだけれど、さ)。

それぞれの地域にHIV拠点病院https://hiv-hospital.jp/ ってのがある。スクリーニングで陽性だったら、もう、さっさとそういうところに紹介して、二次検査やカウンセリングもやってもらう方が良いよねえ、って話をしている。対応とか判定に慣れた先生たちがやってくださるほうが、間違いが無いから。

HIVの感染経路としては、性交渉での感染っていうのがやっぱり多いらしいのだけれど、その他には「母子感染」っていうのと、「血液感染」っていうのがある。血液での感染は、輸血とか、注射器のまわしうちとか、っていうのが挙げられていたり、あとは、医療機関での針刺し事故、っていうのが結構大きかったりする。

輸血については、献血してもらった血液はHIV感染症の検査をするんですよ。で、まんいち、陽性だったら、ご本人がそれに気づいていない場合があるので、っていうこともあって、今後の感染拡大を防ぐ意味合いで、連絡をしていたりするんです。この辺、実は本当にジレンマがあって、献血の時に「検査目的の献血はお断りしています」ってアナウンスしているし、「不特定多数のパートナーとの性行為がある場合」は献血できない、ってことになっているんだけれど、まあ本人の申告だからねえ。ってことで、最近は献血で採取された血液におけるHIVの陽性率っていうのがやたらと高い、らしい。じゃあ、検査結果伝えなかったら良いじゃない?って話になるんだけれど、そうすると、ご本人が気づかないままで感染拡大を続けられる可能性があるわけだから、わかったんだったら通達したい、っていうところがジレンマになっている。

そんな危ない献血をしないでも、保健所に行けば無料、かつ匿名で検査受けられるんですよ。ってアナウンスはあるんだけれど、タイミングが限定されていたり、とか、あるいは、田舎なんかだと、窓口にいる人となんらかの形で知り合いだったりする可能性が高い、っていうことがあったりして、守秘義務はあるんだけれど、どうしても噂が流れてしまう。この辺、本当に難しい。

ちなみに、複数回献血しておられる方が、何らかのタイミングで、HCVやHBVあるいはHIV感染みたいなことが判明したときには、「以前この方からの血液をお使いになられてますけれど…」って形で、医療機関に連絡が入る。感染が成立しているけれど、検査をすり抜ける時期(ウインドウピリオド)ってのがあるから、以前献血したときがそれじゃなかったか、っていうのは、真剣に調査されるのよ。なんでそんなこと知ってるか?って?実際に輸血後の方の体調についてのおたずねを受けたことがあるから。ねえ。すごい手間なのよ。全部記録とってあって、全部追跡するんだから。

で、ごくまれだけれど、検査は陰性だったけれど、輸血後にHIV感染が…みたいなことが起こる。https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2299-related-articles/related-articles-415/4967-dj4152.html こちらは、輸血をしたときには輸血後、検査結果が陽性になるであろう期間をおいてから、抗体検査とかしているので、ハッキリするのだけれど、まあなんとも難しい話で。

ただ、この情報が2013年前後の話なんだけれど、その後、検査の方法をコストはかかるけれど、感度の高いものに切り替えた、らしい。今はそういう意味では検査のすり抜け率はごくごく低くなっている、というアナウンスがあった。とはいえ、やっぱり検査目的の献血はやめておいて欲しいわけで、さ。その辺は献血じゃない検査が充実することが必要になるよねえ。匿名の検査は、それはそれで良いのだけれど、あとから「あれは読み違えてた!じつは陽性だった!」みたいなエラーがあっても、追いかけて説明することができない、っていうリスクもあったりする。

今の医療では、C型肝炎はうまくするとウイルスを完全に除去することができる、っていうくらいには良い薬が出てきたんだけれど、まだB型肝炎ウイルスにはそういうものが無くて、HIVにも、無い。だから、一番は感染が起こらないようにする、っていうことになるので、って一生懸命赤いリボンを飾ってキャンペーンやっているんだけれど。

まさかよりによって自分が感染する、って、思っていないじゃない(一部、心配なほどに心当たりのある方々が、せっせと献血していたりするわけだけれど、さ)。

…っていうあたりが、本当に難しいよねえ。

まあ、HIV/AIDSについては、本当に公費もだいぶ投入されて、感染を防ぎましょう、って話題になった。日本でコンドームをきちんと使いましょう!って話がおおっぴらにできるようになったのは、感染予防の話、っていう口実ができたことは大きいと思う。

日本では岩室先生がかなり頑張って「コンドームをきちんと使いましょう」って広報をしている。https://iwamuro.jp/youtube/

彼の主張がすべてが正しい、っていうわけじゃない(小児期におちんちんを剥きましょうって持論を展開しているけれど、この辺は賛否両論あるらしい。実際に我が子に実践しようと思ったけれど、やっぱり痛い、っていうことで断念した。彼は「必ず剥けます」って言っていて、彼なら可能なのかもしれないけれど私にはできなかった)けれど、真面目に性と感染症とに向き合ってきた先生なんだろうな、と思う。