#20 性感染症の話-2

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感染症の概論が長くなってしまった。そろそろ、いいかげん、性感染症ってなんだい?って話をしよう。つまりSTDとかSTIの具体的なはなし。

定義としては「性行為によって感染するのが性感染症」以上!ってことになっている。

性行為ってのもいろいろ広い範囲の行動で、だいたいは粘膜の接触とか、あるいは皮膚の密接な接触とか、体液による媒介物感染とか、っていうのが全部含まれている。STIの授業ではあまり触れられることはないのだけれど、ケジラミ、っていうのも立派な性感染症ってことになっている。

変な話をすると、アタマジラミはチンパンジーのシラミと近縁だけれど、ケジラミはゴリラのシラミとの近縁らしくって、いったいこれはどういうことか…みたいな話があったりする。https://www.jstage.jst.go.jp/article/primate/24/0/24_0_15/_article/-char/ja/ ヒト種は霊長類の中で、ゴリラと先に分岐したあと、チンパンジーとの分岐があった、っていう話になっているんだけれど、その分岐のあとで、ゴリラの持っているシラミを受け取るほどに密接な距離感があったんだろうか…みたいな勘ぐりがあるんだけれど。

そういえば、ネアンデルタール人とサピエンス(ヒト)が交配していた、っていう論文があったよねえ。2022年にノーベル賞をとったけれど、その前、2015年には日本語訳の本になっていた。こういうところを経由しているのかしら?まあ、さすがにケジラミの移動までは遺伝子をなんぼ調べてもわからんだろうねえ…。

七月放送NHKスペシャル「生命大躍進」に...『ネアンデルタール人は私たちと交配した』スヴァンテ・ペーボ 野中香方子 | 単行本 - 文藝春秋
七月放送NHKスペシャル「生命大躍進」に著者登場! 絶滅し遺伝子が絶えた筈のネアンデルタール人。だが化石から復元したそのDNAは現生人類にも残っていた! 世紀の発見の内幕。

https://honz.jp/articles/-/41533 こちらはその書評。

感染症の話とはだいぶ違うところにやってきてしまったけれど。

閑話休題。ちょっと真面目に性感染症の話をしようか。

性感染症って、症状が出てくるものがある(感染症によっては過半数が無症状、なんていうものもあって、結構面倒くさい。異常があれば、なにか起こっている、って気づけるけれど、気づかないままで感染の蔓延に寄与していることだってあり得るからねえ…。梅毒も、HIV感染症も、何もしないままで症状が消失する、っていうのが、本当に病原体の生き残り戦略とか感染拡大の戦略としてすげえなあ、って思う。って感心してばかりもいられないんだけれど)。

男性だと尿道炎とか、膀胱炎、あるいは精巣上体炎なんか。無症状の場合もあったりするので、症状の程度は様々なんだけれど、精巣上体炎とかを左右でそれぞれ、あるいは同時に起こすと、その後精子が通る道が破壊されたりして、不妊症の原因になったりする。らしい。

昔教えてくださった泌尿器科の先生は、男性不妊の当事者(つまり夫)に、「どこぞで遊んできたことがあるだろう!」って追及するんだ、って言っておられた。ええええ?そうなの?って思ったのだけれど。尿道炎は、わかりやすくは、尿道から膿がでてくる、っていう形になる、らしいし、精巣上体炎は発症すると、かなり激烈に痛い、らしい。(産婦人科医なので、男性の性感染症に関わることがほとんど無いのよ…)男性の場合は、あとは、血液の中に入ってどうこう、っていうことで、梅毒とか、HIVみたいなものは、全身の病気になるし、あるいは肝炎のウイルスは肝炎を引き起こす、ってことになるんだけれど。

女性の場合は、腟から子宮があるでしょ。子宮の奥に卵管があって、卵管の先は腹腔につながっているのよ。なので、ここに感染性の微生物が入ってきて、なんらかの事情で感染が奥へ進むと、骨盤腹膜炎を引き起こすことがある。あるいは、さらに感染が広がると、肝臓周囲に炎症を引き起こす、っていう病態も知られている…もちろん、肝炎は肝炎で、血行性の感染と肝臓での症状出現っていうのをするから、それもあるのだけれど。

この腟、子宮、卵管、腹腔(骨盤内)、っていうところのそれぞれで炎症を引き起こして、なんたら炎って呼ばれる病態があるんだけれど。まあ症状が強いものから、強くないものから、いろいろある。

それと、最近は口腔や咽頭に感染が認められることも増えてきたんだってさ。ふーん…?なんでだろうねえ?(すっとぼけ)。

咽頭炎なんかも結構面倒くさい話があって、子宮頸癌の原因になるっていうHPVは咽頭にも感染を起こすことがあってさ。これが持続感染すると、咽頭癌の原因になるらしいのよねえ。その他クラミジアとか、淋菌とかも咽頭部の感染が増えているらしい。いろいろ面倒くさい時代になったよねえ。

ヘルペスって1型と2型のウイルスがあるんだけれど、昔は口の周りにできるのはたいてい1型で、性器にできるのが2型だった、って話を聞いたことがある。今はもう、本当に取り混ぜて、どっちもどっちにも出現するようになってしまっているんだけれど。ヘルペスは、抗ウイルス薬があるんだけれど、これで完全に除去ができるわけじゃなくて、一度感染するとその後、神経節に居座るようになるらしい。で、宿主であるヒトが免疫的に弱ってくると出てきて、単純疱疹をつくる。水疱瘡のあとの帯状疱疹に似ているけれど、ウイルスとして類縁なのよね。

さて。気を取り直して、各論に行ってみようか。

厚労省が性感染症の情報提供しているサイトがあった。

性感染症
性感染症について紹介しています。

 

一番感染の頻度が高い、ってされているのがクラミジア感染症。

性器クラミジア感染症とは

症状はあまり強くないことが多いので、その分、感染が起こっていても気づいていない(まま、感染を広げていたりする)人も結構いらっしゃるらしい。アメリカ産婦人科学会は、性的にアクティブになっている若年者の受診があったら、問答無用でクラミジアの検査はやった方が良い、って推奨しているくらいに、クラミジア、広がっているらしい。

症状はあまり無い、っていうことになっているけれど、場合によっては骨盤腹膜炎や肝周囲炎(フィッツヒューカーティス症候群って名前がついている)とかを引き起こして、その後腹腔内の癒着なんかを置き土産にしていくと、不妊症の原因になったりする。

治療法は内服の抗菌薬が有効だったりするんだけれど、くれぐれも、パートナーと同時に治療を受けてほしい。一方だけ治療しても、パートナーが感染している状態だと、また感染することになる。こういう形で感染が行ったり来たりするのを「ピンポン感染」なんて呼んだりするけれど、治療しても、しても感染してくる、みたいなことになると大変。治療してくれないパートナーっていうのも、ある種のDVってことになるんじゃないかと思う。

次に多いのが淋菌感染症とか淋病とかって呼ばれるもの。

淋菌感染症とは
淋菌感染症 Gonococcal infection | 東京都感染症情報センター
東京都感染症情報センターは、東京都における感染症の発生状況など、感染症に関する色々な情報を提供しています。

淋菌とクラミジアについては、婦人科では同時検出キットっていうのがあって、これ一回で両方の検査やってしまおう!ってことになっているんだけれど、やっぱり多いんだよねえ。

淋菌の感染があると、粘膜の炎症が続くので、HIVの感染リスクが高くなる(いやさ。淋菌が感染している段階で、性的にわりとアクティブな人だから、っていう部分を差し引いても、感染しやすくなるらしい)

淋菌は、人類の歴史の古い時代からのお付き合いらしい。で、長い付き合いになっていることもあってか、人間の文明に結構適応してきているのよ。具体的には、耐性菌っていうのがすごく多い。今はまだ有効な抗菌薬がある、ってことになっているけれど、だんだん抗菌薬も手を替え品を替え、ってのがしづらくなってきているから、大変な時代になってきているよねえ。

日本細菌学会

 

それから、梅毒。もう最近は梅毒については注意喚起がすごく増えた。

日本性感染症学会 | トピック
日本性感染症学会 | 予防啓発(中高生向け)

梅毒とはhttps://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/465-syphilis-info-141107.html

梅毒はねえ。コロンブスが南米から持ち帰ってきた、っていうのがもっぱらの説になっている(それ以前にヨーロッパでの報告があるという説もあるんだけれど)。で、コロンブスが中南米にたどり着いたのが1492年くらいでしょ。その後、日本にも梅毒が上陸していて。1512年には、明らかに梅毒と思われる症例の報告が残っているのよ。コロンブスから20年しか経ってないのに…?

あまりにも蔓延したこともあって、ヨーロッパでは清教徒って団体が発生したりするし、ドレスの背中ががっつり空いているのは「私は感染していません!」っていうことを主張するためだった、っていう意見もある。

古くは“家康の次男”もかかり死亡…去年全国約1万3千人が感染『梅毒』の歴史 江戸時代は遊郭などで急増 | 東海テレビNEWS
『古くは“家康の次男”もかかり死亡…去年全国約1万3千人が感染『梅毒』の歴史 江戸時代は遊郭などで急増』

ってことで、江戸時代には梅毒、「瘡」と呼ばれて、わりと有名な疾患だったようなんですよ。

それが、抗生物質が導入されるようになって、激減したのよ。ところが、最近、どんどん増えているんですって。梅毒の病原体、スピロヘータってのも、とっても弱い病原体で、わりと簡単に死滅する(輸血の血液なんかは24時間、4℃で保管するらしいんだけれど、それで死滅する)らしい。それなのに、この蔓延ぐあい、ってすごいよねえ。

梅毒は感染すると初期にいろいろ症状が出てくる。潰瘍とか、腫瘤とか。でも、不思議なことに、その後、勝手に症状が消失するんだよねえ。で、「なんかあったけど、まあ今は治っているし(治ってない!)良いか」的な形で放置して、そのまま性的にアクティブな状態が続くと、どんどん相手に感染を引き起こしたりしている…っていうことになる。

梅毒は今でもペニシリンがよく効く病原体でねえ。そういう意味では撲滅できるんじゃないか?って思うこともあるんだけれど、これがなかなか難しいのよねえ。ちなみに、治療のときにペニシリンを使うと、一時的にすごい発熱したりする(ヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応)ので、びっくりしないで欲しい。

感染しているかどうか、っていうのは血中の抗体なんかを調べるのだけれど、この組み合わせがまた面倒くさいのよねえ。っていうのは、治療がおわっていても、数値があがったままになっているものもあって、上手いこと治療が済んだかどうかの判定が難しいことがあるらしい。

梅毒の流行について〜性感染症外来〜 - いわさ泌尿器科クリニック/北越谷駅 越谷市 春日部市 さいたま市
【梅毒が流行しています】 性感染症のひとつである「梅毒」が流行しています。2016年度の報告数は42年ぶりに4

 

感染予防ってことを言うと、そりゃコンドームっていうのが出てくるし、それなりに何もしないよりは感染のリスクはさがる、って話だけれど、万全じゃない。やっぱりきっちり治療を受けてもらうのが一番なんだけれど。

あとはちょっと触れていたけれど性器ヘルペスなんかも性感染症のひとつになってる。

性器ヘルペスウイルス感染症とは

これは、初感染の時にはとっても痛い。どのくらい痛いかって、トイレにも行けないくらい痛いらしい。

治療は抗ウイルス薬が飲み薬も点滴も、それから塗り薬もある。あまり痛いひとには麻酔薬の入った塗り薬ゼリー(キシロカインゼリー)を処方したりすることもあったんだけれど、これが適応外処方ってことで、査定されたりするのが世知辛い。で、痛みと熱とで、緊急入院したり、なんてこともある。入院が必須ではないのだけれど。

再感染になると、そこまでではなさそうなんだけれど、やっぱりそれなりに痛む。あまり繰り返す人には、抗ウイルス薬を少量、を長期間、予防内服、っていう形で飲むことが適応としてある。私はそこまで繰り返す人は診たことがないので、その辺の効果はあまりわからないのだけれど。

診断は、本当はウイルスのDNAが、とか抗体価が、とかって言うんだろうけれど、臨床的にはわりと特徴的な円形の潰瘍を複数作って癒合して…みたいな状態になるので、目で見て診断、ってことになっている。

ウイルスの感染症ってことでいうと、HPVの感染症っていうのも、性感染症のひとつってことになっている、HPV、ヒトパピローマウイルスっていうのは、ものすごい種類のバリエーションがあるらしく、数え上げるとだいたい150種類くらいはあるもの、らしいのだけれど、そのうちの一部が「イボ」をつくる。イボをつくるやつの他にもいくつかあって、それは、尖圭コンジローマっていう、ニワトリのトサカみたいなブツブツ隆起した病変をつくることがある。これもおいておくとあちこちに広がるので、イボみたいに焼いてみたり、切除してみたりしている。

HPVの話題のメインは感染症…っていうよりは子宮頸癌の方が大きい。若年者の子宮頸癌を引き起こしているの原因が、150種類くらいあるHPVのうちの、16型と18型、っていう2タイプにほぼ限定されるっていうことで、こいつらの感染を防ぐことができたら、子宮頸癌の発症リスクは激減するよね、っていうことで、ワクチンが作られた。

そのうち、ついでに尖圭コンジローマをつくるやつにも一緒に対処できるように、って4価ワクチンっていうのが作られて…最近は9価ワクチンっていうのが開発され、日本でも販売されている。

この2価と4価のHPVワクチンは定期接種のワクチン(公費で接種されるため、対象者本人は自己負担0円で接種できる)となったのだけれど、その後、「ワクチン接種の副作用だ!」って「立てなくなった」などの訴えをする人があって、かつ、それをマスコミが大騒ぎで報道したことから「あのワクチンは怖い」っていう風評が流布したことから、「積極的接種勧奨の差し控え」っていう対応がしばらくなされていた。

今は、当時の報道されていた副作用っていうのは、ワクチンとの関係性は極めて薄い、っていうことで、接種しないまま対象年齢を通り過ぎた(性交渉デビュー前、ということで高校生までが接種対象だった…はず)世代にキャッチアップ接種、っていうのをちょうど、2024年の年度末までやっているところ。全体で3回接種が必要で、間を6ヶ月あけなきゃならんので、実質この9月が最終ってことになるんだけれど(自費で接種するのはぜんぜん大丈夫)。

ちなみに、HPVの咽頭への感染も増えているらしく、これが咽頭のコンジローマとか咽頭癌なんかの原因にもなっているらしいから、本当に面倒くさい。

その他の感染症としては、

腟炎ですごくかゆくなってくるトリコモナス原虫の感染(トリコモナス症)

トリコモナス症|東京都性感染症ナビ

とか、

同じくかゆくなってくるカンジダ腟症

性器カンジダ症|東京都性感染症ナビ

とかがわりと良くある。

カンジダは、腟内の常在真菌なので、これは性感染症とは必ずしも言えないんだけれど、わりと一緒に性感染症のところに並んでいるのは微妙にナゾ、なんだけれど。トリコモナス腟症が黄色の帯下になるのに対して、カンジダは白い帯下が増えることで典型的だったりする。それと、糖尿病があったりすると、難治性だったり、カンジダの病変がすごく広がってみたり、っていうことがあるので、糖尿病の治療も大事になったりする。

それと、カンジダは真菌って言ったでしょ。これね、普通の抗菌薬が効かないのよ。で、何かの理由で抗菌薬を使うと、腟内の常在菌(ラクトバチルス属って言われる、乳酸菌の一種。昔はデーデルライン桿菌とかって呼んでた。これが腟のなかで乳酸を産生して、腟内のpHを酸性に保つことで他の菌が増えるのを抑制している)がそれで数を減らして、陣取りみたいなものだから、カンジダがわーっと増えることがあるのよ。で、ひたすらかゆくなってくる、ってことがある。だから、抗菌薬使う時は注意、とかってこともある。カンジダは「抗真菌薬」で治療するんだけれど、やっぱりこれも耐性菌が出てきていたりするし、もともと常在菌だったりするし、っていうことで、完全にいなくなることは無いみたい。

常在菌の話で言うと、子宮の中は無菌だ、って思われていたのよねえ。ところが、最近、性能の良い検査をしてみると、わずかなんだけれど、子宮の内部にも菌がいることがわかってきた。で、そこの菌が乳酸菌なら、妊娠にさほど問題はない、っていうような話なんだけれど、別の細菌が入っていることがあると、妊娠しづらい、みたいなことがあるらしい。一体どういう機序なのか、はわからないけれど、不妊治療の時に、子宮内の常在菌についての検査したりするのが最近のトレンドに出てきているんだってさ。

婦人科の診療をしていると、「トリコモナスが」とか「カンジダが」って言って相談に来る人たちよりも「おりものが増えた」っていう相談の方が多い。で、いろいろ調べて、治療が必要な細菌(細菌性腟症って呼ばれる病態。これも必ずしも性感染症とは言わないもの)だったり、あるいは原虫(トリコモナス)とか真菌(カンジダ)とかだったりすることもあるのだけれど、調べてもそういう「治療が必要とかんがえらる」病原体が出てこないこともある。じゃあどうするの?っていうところで、漢方の治療したりすることもあるんだけれど、実は「そもそも心配ない」っていうおりものも結構あるのよ。

漢方の古い本には「帯下病」っていって、その辺の異常にどう対処するか、みたいな話が書いてあったりするんだけれど、どうやら、江戸時代の帯下病って、おりものの相談だけじゃなかった?らしく、もう女性の不定愁訴的な話をまるごと「帯下病」って言ってたんじゃないか、っていう疑惑もでてくるくらい多彩だったりする。

実際に帯下(おりもの)が多いのであれば、それは、たとえば、帯脈をしっかり支えるようにするとか、脾虚を改善するとか、っていうことで多少改善するのかもしれないけれど。

そういえば、水っぽい帯下が、わりと多め、という方に「冷え症ですか?」って尋ねたら、わりと良い感じに当たってたこともあったっけ。帯下がどうして、そういう体調とリンクするのか、っていうあたりは、説明が難しいと思うのだけれど、よければまた研究なさってください。