性感染症の話、って話題にリクエストを頂戴したので、ちょっといろいろ整理してみよう、って思う。のだけれど。結構分量多くなるのよ。まあ何回かに分けて話をすることにしようか。
ひとまず、性感染症について、公式な団体として性感染症学会っていうのがある。https://jssti.jp/guideline_c.html ここが以前は性感染症の診療ガイドラインをPDFで公開してくださっていたんだけれど、新しいガイドラインに更新してから、全文の無料公開は停止されてしまったらしい。その辺はちょっと残念なんだけれど、無料公開していると、誰も買わなくなるし、買わないと、作るひとも居なくなるよねえ、ってあたり、悩ましいところ。
こちらは日本感染症学会、っていう別団体。https://www.kansensho.or.jp/ こちらも多少、性感染症についての情報提供してくださっているみたい。他の感染症なら断然こっち。
あとは国立感染症研究所に疫学センターってのがあって、ここが情報提供してくれている。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc.html 一般論だけじゃなくて、感染の蔓延状況なんかも情報提供してくれている…らしい。
さて、性感染症なんだけれど、ちょっと前までSTDって呼び名がわりと主流だった。Sexually Transmitted Disease (性行為によって感染する疾患)の頭文字を並べたもの。最近は、STI(Sexually Transmitted Infection、性行為によって感染する、感染症)って言い方が主流になってきている。これはひとえに、HIV/AIDSの実態にあわせた、っていうことがあって、つまり、HIVの感染は、しばらくは何の症状も出ないので、その時期を「疾患」と呼ぶのは違和感があるから、っていう話だったと思う。
感染症…ってのは、まあ、いろいろあるわけで、数年前に一世を風靡して、今もまだそのあと、ちょこちょこ出現しているし、なんならあちこちで影響が大きい、COVID-19ってのも、あれも感染症だった。感染症ってのをいちばん最初に「こういうものだ」って決めたのはロベルト・コッホって人あたりだろうと思うのだけれど、彼がコッホの原則っていうのを提唱したのよね。
1)病気の個体から、その微生物が毎回みつかる
2)その微生物を分離・培養できる
3)培養した微生物を別の個体に導入することで同じ病気が発生する
4)あらたに発病した個体からも同じ種類の微生物が認められる
っていうのがコッホの原則。時代は細胞病理学が主流だったらしく、ウィルヒョウっていう細胞病理学者(ウィルヒョウの転移ってところで名前が残っている)に酷評された、らしい。
まあ、コッホの原則なんて、今ではあまりにも当然過ぎるようなルールなんだけれど、そういう基本的なルールから、始まったってことくらいは覚えてもらっていても良いんじゃないか、って思う。
それで。
感染症ってのにも、いろいろある。いろいろありすぎてわけがわからなくなる。というのはちょっと面倒くさいから分類を考えてみたりするわけで。
病原体の分類なんかもあるんだけれど、それはちょっと面倒くさすぎるのでおいておこう。
まずは「感染経路」ってので分けてみる。
これは1)空気感染2)飛沫感染3)接触感染4)その他、ってことになる。
その他っていうのは、「媒介物」を介した感染なんかで、たとえば、蚊にさされて発症するマラリアとかデング熱、みたいなのもそうだし、昔の肝炎みたいに輸血の血液を介して感染する、なんていうのもそう(今は輸血用の血液はB型肝炎・C型肝炎の他、HIVについてもチェックしているので、感染が起こることは極めてまれになっている)。
輸血の血液の話をするなら、昔は売血、っていう制度があったらしい。(今でも一部の血液製剤は、献血ではなくて、製剤原料を提供してくれる個人に報酬を支払っている…原料が日本じゃないこともあるのだけれど)売血は本当にいろいろ問題があった、らしい。感染症の管理もだし、採血の間隔もかなり詰めていたりすると、貧血のすすんだ状態で売血していたり、とかっていうことも結構あった、って本で読んだ記憶がある。
これでは駄目だ!ってことで日本赤十字社が頑張って、ボランティアの献血という形を立ち上げて、その後売血の構造を消滅させた…?らしいけれど、今度は「だから原価ゼロでしょ」みたいなことを言い出す人たちがでてきている。きっちり清潔な形で血液を採取して、それが凝固したり、変質したりしないように保存液を使って、成分を分割して、それぞれ、長期間保存できる容器(シリコンバッグらしい)を準備して、あるいは、感染症の検査をいちいちやって…っていうところにコストがすごくかかっている。
そういえば、私が駆け出しのころの先輩の先生に「昔は手術ってなったら、血液型の同じ親戚を何人か集めて来てたもんだ」みたいな話を聞いたことがあった。献血じゃなくて、家族の血液ならあり、だったのは、その後もしばらく続いていたらしい。手術中に出血が多くなってくると「こういうときはねえ、生血(なまけつ)の方が血がとまりやすくなるから、昔は良かったんだが…」みたいなことをおっしゃる先生もいらした。大丈夫なのか?っていうと、いや大丈夫じゃない、って話になることがあるわけで。極論すると、輸血は一種の「臓器」の移植って扱いになるので、ねえ。
感染症の話をしているんだった。
ええと、感染経路の話がいくつか並んだところまでは良かったかしら?
空気感染は、教科書的には「結核、麻疹、水痘」ってことでオッケー。最近のCOVID-19はエアロゾル感染とかいう話で、それは飛沫感染じゃないのか?ってことになるんだけれど、当初は「空気感染ではない」って話でものすごく頑張っていろいろの説明をしていた。今は、まあ、なんて言うか、「いわゆる空気感染よりは感染のリスクは低いが、まあ空気感染みたいなもの」って扱いになって…なってる?でいい?
空気感染、って言っても、正確には「飛沫核感染」みたいな表現があって、結局は咳やくしゃみ、あるいはおしゃべりや呼気に混ざって、飛沫として放出されたものが、どのくらい飛沫から微細な構造になっても感染力を持っているか、みたいな話になるんだろうと思う。
その点、麻疹なんかは、すごいよねえ。2024年現在で、日本国内での麻疹の自然発生はほとんどゼロ、なんだけれど(つまり、ほとんどが海外発生の麻疹を国内に持ち込んだものが、感染しているってことらしい)電車の同じ車両に乗っていた、とかってことだけでも感染することがあるらしい。今はMRワクチンを接種して、抗体を持っているひとがほとんどだから、大規模に蔓延はしなくなったのだけれど、麻疹発生すると、その人の感染したらしいところから、感染が発覚するまでの足取りなんかが報道される。つまり、その人の通ったところの近くに居た人は感染している可能性があるから、っていうわけ。
水痘もワクチンを接種するようになってから、激減したよねえ。最近は「帯状疱疹」っていう形の方が見るだろうかしら。ワクチンのおかげなのか、自然にウイルスと接する場所が無いからなのか、昔は終生免疫って言って、「いちどかかったら大丈夫」って言われていたりしたものが、最近はやっぱり時々ワクチンで刺激しておかないと、防御が甘くなる、って話になってきたりしていて、高齢者には水痘ワクチンを接種しよう、なんて話が当たり前になってきている。
結核は…これは抗結核薬が使われるようになってから、だいぶ扱いが変わったよねえ。昔は本当に死病の一つで、ビクトリア朝の時代は、結核病者を中心にした文学が勃興したというし、日本でもサナトリウムを中心とした文学は結構あったよねえ。作家で言うと、正岡子規とか、宮沢賢治とか、森鷗外も結核で亡くなっているらしい。
あとは空気感染というと、天然痘が空気感染…だった、らしい。天然痘は感染先がヒトしか存在しなかったことと、それに対して種痘という方法で、感染の制御ができたこと、っていう二つの理由で撲滅の宣言をWHOが出した。今はアメリカ合衆国とロシアのそれぞれ研究所だかに大事に保管してあるだけ、ってことになっている。ロシア、大丈夫だよねえ?
空気感染する疾患をどうやって感染から防ぐか、っていうのは結構難しくて、結核病棟っていうのは、部屋の気圧を、ちょっと外より低くしてある。扉を開けたときに空気が外から中に流れ込むようにしていることで、感染が広がらないようにしてある。(陰圧室)
もちろん、先生は病室に入るわけで、そういうときには感染予防でN95マスクを着用する。N95マスクっていうのは、これもコロナのときに有名になったけれど、ある程度以上の大きさの微粒子を95%以上遮断する、っていうマスク。これがつけると呼吸が苦しくなるくらいで、ときどき、このマスクをつけたままで走っている先生がいるんだけれど、あれはだいたい、きちんと着用できていないからねえ…って注意されていた。
陰圧室って作るのも大変なんだけれど、病院には簡易にそれを作るシステムがあって。ビニールの膜でベッドを覆っておいて、中にHEPAフィルターを用いたウイルス除去の空調をいれるとできあがる。これが、陰圧室として使う時と、それから、いわゆる「クリーンルーム」として使う時で、空気の流れが逆になるのだけれど、まあ、そんなにしょっちゅう使うものでもないし、逆に設置してしまってました!なんてインシデントが時々発生することになる。まあ感染が問題になる前に正しい使い方に戻っていることがほとんどなんだけれど。
で、そういうN95マスクを、患者につけよう、っていうことをする人がいてさ。「そこは必要ありません」ってアナウンスがしばしばされるのよ。つまり、空気感染する微粒子は、患者の口から出るときにはまだ飛沫だからさ。それが広がらないようにすれば良いわけ。なので、患者からのまん延防止については、不織布のマスクしておいたら、それで済む、っていう。そりゃそうなんだけれど、ちょっとしっかり考えないと難しい話があったりする。
患者さんどうし、でお互いに感染させないように…とかっていうことを考え始めるときりがないのだけれど、一応、そういうことに対処するための結核病棟だったりしたのよ。ちゃんとそれぞれに陰圧室に隔離する、っていうことをやってたりする。
一般的な感染症の話はまあ、しはじめるとキリがないので、ひとまず、こんなところで。