#17 子宮内膜症について

nishi01

子宮内膜症ってのについて、ちょっと書いておこうか、って思っていたんですよ。

産婦人科医が病気のことについて説明します、って言っておきながら、そういう「器質的」な疾患の話、ほとんどしてなかったですよねえ…。意図的にすっ飛ばしていた、わけじゃなくて、自分が診療するときに、あまりそこは重要視してこなかったところ、ってことなんだろうなあ、って微妙に反省しつつ、今にいたるわけですが。

子宮内膜症についてhttps://www.jaog.or.jp/qa/mature/jyosei200205/ https://www.j-endo.jp/modules/patient/index.php?content_id=77 産婦人科医会や内分泌学会が病気の紹介のWebサイトを作っておられる。うーん。これはにしむら先生の解説、必要ないんじゃないの?って思うのだけれど。じゃあなんで書いてるんだろうねえ…ってところがちょいとポイントがある。

子宮内膜、ってのは本来、子宮の中にある構造で、月経周期にあわせて、分厚くなってくる(増殖期)とか、その後、厚い状態を維持する(分泌期)とか、あるいは剥離脱落してくる(月経期)とかっていう動きを、血中のホルモン(おもにエストロゲンとプロゲステロン)の状態に応じておこす組織なんだけれど、この子宮内膜によく似た細胞が、なぜか、子宮の内側じゃないところ(こういうのを「異所性」って呼ぶんだけれど)で、ホルモンに反応して、子宮の中の内膜みたいな動きをする、ってことがあるのよ。で、月経のタイミングで、お腹の中なんかで出血するわけ。

月経周期のたびに、増殖して、その後、出血していくから、だんだんその、本来の場所じゃないところに出てきた細胞が増えていくのよ。で、出血するたびに、その部分の構造を毀していくから、結構痛い。月経困難症の方の多くが、この子宮内膜症を抱えておられるんじゃないか、みたいな話まであったりするのだけれど。

なので、子宮内膜症は、癌とは違うとされているんだけれど、「余所にあちこち移動する」あたりが転移しているみたいに見えるし、そこで「どんどん組織の構造のなかに食い込んでいく」あたりが浸潤しているように見える。

それと、卵巣に内膜症が発生すると、嚢胞を形成する形になったりするんだけれど、そうすると、その嚢胞の中で出血、脱落したものが貯留していく。血液由来の成分が多いので、どろっとした古い血、みたいな形に溜まっていることが多くて、その見た目から「チョコレート嚢胞」って呼ばれる。このチョコレート嚢胞、中の血液由来の鉄が長期間にわたる刺激を嚢胞壁の細胞に与え続けるのよ。この刺激が理由で、卵巣癌が発生することが知られていることもあって、あまり長期間経過観察しないで、どこかの段階で手術しようか、って話になることが多い。

じゃあ、なんでそんな子宮内膜が余所に出没するの?ってことになるんだけれど、これは2つくらい有力な説がある。

1つは「もともとそこに、子宮内膜になりたかった細胞が居た」っていう化生説。産まれてくるときに既に自分が細胞としてちょっと間違えてたってこと。

もう1つは「子宮内膜の細胞がなんらかの理由で出張してきた」っていう月経逆流説。これはただ、異所性子宮内膜症が場合によって気胸を引き起こす、っていうことがあるんだけれど、そんなに肺までたどり着くのかねえ?ってところがちょっと、弱いところになっている(いやでも実際、肺までたどり着く道はありそう…って話もあって。なので、これだけでも説明できたりする、かもしれない)。実際に月経のとき、赤い血液は卵管からあふれ出して、お腹の中に流出していることが、たまたまそのタイミングで手術とかの映像で確認されている。

で、だいたいは、その流出した血液と子宮内膜細胞が、たどり着く場所があって。ダグラス窩(子宮直腸窩)、ってところが、人が立ったり、横になったりするときにいちばん「下」になりやすい場所で、この周辺に内膜の細胞が定着してきやすいみたい。

なにしろ、月経の時になると自分たちで剥離して出血するから、炎症の反応がひどく出るのよ。で、直腸の表面(お腹の中側の表面ですね)でバンバン炎症を起こすと、それが刺激になって、下痢したりする、ってことになってる。これが子宮内膜症のひとの下痢のメカニズム。

そんなに、生きの良い細胞が出てるの?って話なんだけれど、結構内膜の細胞、こういうところで頑張って増えてくるらしい。びっくりする話としては、帝王切開するでしょ。その時の創部の中に子宮内膜の細胞が紛れ込んで、腹壁の瘢痕の中で異所性の子宮内膜症を起こした、なんていうことだってある。

子宮内膜症、ってすごい大変な病気だよねえ。化生説があるんだったら、男性にも起こるのかねえ…?ってしばらく真面目に考えていたことがあるんだけれど。男性にはなぜ子宮内膜症が起こらないのか、って話は、「月経周期のホルモン変動が無いから」ってことで結論づいてしまった。エストロゲンとかプロゲステロンとか、多少は分泌されているのかもしれないけれど、月経を引き起こすような変動、無いもんねえ。

子宮内膜症の一形態として、子宮腺筋症っていうのがある。

これになると、さらに「どうしてそこまで入っていったし?」っていう思いが強くなるんだけれど、子宮筋層の中に、子宮内膜細胞が入り込んで、そこで、月経にあわせて出血したりする。一体どんな形よ?って思うだろうけれど、イメージとしては霜降りのお肉に近い。あれも医学的には「どうして筋肉の中に脂肪組織が入っていったのよ?」って謎なんだけれど、赤身の筋肉細胞の中にぱらぱらっと脂肪が入っている、のが、霜降りで、そこに内膜細胞が入り込んだ形になるのが腺筋症。

腺筋症はこれも原因がよくわかっていない。ただ、月経の時に、そもそも痛みが発生する子宮の、筋層の中で出血するわけだから、とっても、痛い。なかなか大変なことになっているので、なんとかしたいのだけれど、本当につらい、っていう病態になっていたりする。

子宮内膜症の診断は、ひとまず病歴なんかである程度あたりをつける。生理痛がきつくて、っていう場合にはそれだけで、「子宮内膜症は無いだろうか?」ってのが意識に上がる。で、その次は内診の所見による。内診しているときに子宮をすこし動かすように押してみたりするんだけれど、こういう時の可動性が悪くなっていたり、押したところが痛い、とかっていうことがあると、臨床的には「子宮内膜症がありそうだよねえ」って判断で、治療を開始することになる。

厳密な言い方をすると、確定診断するためには、子宮内膜症の病巣、つまり異所性の子宮内膜様構造を確認しなきゃならない。なかなか組織を摘出してきて、顕微鏡で、っていうのは難しいから、肉眼で確認、ってことになるんだけれど、つまりお腹の中を観察しないといけなくて、手術をしたときに、ってことになる。

子宮内膜症の治療は、手術で内膜症の病変部位を全部除去する…っていうのができたら良いんだけれど、完全に全部取り除く、っていうのはなかなか難しかったりするもので、やっぱり残存する病変があったりして、治療後数年のうちにまた出てきたりする。再発の予防とか、あるいは手術する前に病巣の縮小とかを目的に低用量ピルの製剤とかあるいはプロゲスチンの製剤を内服してもらう、っていうことは結構あって、今はそういうホルモン剤の内服治療が第一選択になっている。

この子宮内膜症って、微妙に炎症性のサイトカインみたいなものをお腹の中に分泌しているらしく、それだけで不妊症の原因になることもあるらしい。それだけで、って言うけれど、場合によっては、卵管の周囲で出血と増殖を繰り返すと、あちこち癒着してきて、卵管じたいがきっちり働かなくなってきたりするから、そういう卵管不妊の原因にもなりかねないんだけれど。

子宮内膜症の病巣を除去(ないし、電気メスで焼灼する)手術をしたときには、お腹の中を生理食塩水でしっかり洗う。なにも洗剤いれて、たわしでこするわけじゃなくて、ひたすら、生理食塩水をお腹の中にいれて、それを吸い出して、っていうことを繰り返すだけなんだけれど、そういう希釈行為を繰り返すことで、お腹の中にたまったサイトカインを除去しているんだろうか、って思うことがあって、こういう手術をするとその後、ふいと妊娠することがある。なので、最近は妊娠希望がある時は妊娠する前に手術、っていうのが1つの定番になってきている。

あとはチョコレート嚢胞を何十年も放置すると癌が出てくることがあるから、閉経前に、とかっていうのが一般的かなあ。チョコレート嚢胞もまれに、その隔壁が破れることがあって。そういうことになると内容物がお腹のなかにこぼれ出すのだけれど、これがまた痛い。

婦人科では緊急手術をする場合ってのがいくつかあって。1つは卵巣嚢腫の茎捻転っていうやつ。これは大急ぎで手術する必要があるのは、卵巣への血流が途絶してしまっているから。なので、捻れた状態をもとに戻してあげなければならない、んだけれど、それよりも何よりも痛い。

で、チョコレート嚢胞の破裂(けっして爆発するわけじゃないんだけれど、内容が漏れたりする状態を破裂、って呼んでいる)も、同じくらい痛い。すわ捻転だ!ってあわてて手術する、なんていうこともあったりするのだけれど、チョコレート嚢胞の破裂は、あちこち癒着していることが多くて、手術としても大変な手術になったりする。

予定の手術であれば、なので、ホルモン剤による治療をして、病変が多少小さくなってからの手術みたいな段取りをすることが多い。低用量ピルだけじゃなくて、偽閉経療法を4回とか6回とかやってから、手術、っていうことにするとちょっと病変が落ち着いているので、そういうタイミングでの手術の予定を組むことが多い。

子宮腺筋症の方は、これは手術で病変部分を取ってくる、っていうと、子宮の筋肉を一部分切り取る形になる。病変が一部に偏っていて、他の部分はそれほど腺筋症になっていない、というような時には結構大がかりな手術になるけれど、子宮の筋肉を一部、切り取る手術っていうのをやっている。もちろん、術後の傷の部分はどうしても硬くなるから、妊娠出産の時にその部分が破れてしまう、とかっていうことがすごく心配になるので、お産は帝王切開にさせてね、って話をする。

子宮腺筋症があると、不妊症になる、っていうことはあまりはっきりは言われていないみたい。「腺筋症と不妊症との明確な関連性はわかっていませんが、腺筋症と不妊を結びつける強いエビデンスはないようです。」https://inoue-lc.jp/blog/%E5%AD%90%E5%AE%AE%E8%85%BA%E7%AD%8B%E7%97%87%E3%81%AF%E5%A6%8A%E5%A8%A0%E3%81%AB%E5%BD%B1%E9%9F%BF%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%8B/ なんだけれど、印象としては子宮筋層が硬いことから妊娠しづらい、っていうことがあるように感じている。そう思って調べてみたら、意外とそうでもなかった、っていうことなんだろうから、まああまり関係ないってことになっている。

低用量ピルも擬似的に妊娠の状態をつくって、子宮内膜の増殖をおさえるのだけれど、疑似妊娠じゃなくて、本当の妊娠であっても、内膜症はそれなりに落ち着くから、妊娠してもらっていてもかまわない。ただ、もともとの治療が低用量ピルの内服だったりするから、妊娠しない状態になっていて、で、そこからえいやっと妊娠に向けていただくのだけれど、骨盤の中に癒着とか起こっていると上手くいかない…ので、なんとかしたい、っていういろいろジレンマがあったりはする。

そういう、ホルモン剤の治療をしてたり、していなかったり、っていうところにあとは対症療法ってことで、痛み止め使うとか、貧血に対して鉄剤使うとか、そういうことが一般的な治療になっているんだけれど、ほら。ここさ。鍼灸院の先生のWebサイトなわけじゃん。じゃあ、鍼灸は、あるいは漢方はどうなの?って話になるよねえ。

明らかに子宮内膜症は赤かったり、あるいは青黒い病変があったり(ブルーベリースポットって呼ばれていたりする)、これは瘀血の病態だよねえ。ってことで、瘀血の治療に駆瘀血剤を使うのだけれど、こういう器質化してしまった病変をなんとか変化させよう、っていうのは、本当に大変。たぶん、下剤的な作用をもつ薬をどんどん使って、本当にトイレとお友達、みたいな日を数日作る、くらいの治療をすると、その後ちょっとマシ?って話は聞いたことがあるけれど、なかなかそういう診療はお互いに大変。特に私は今まで、週に1回くらいしか外来診療してなかったから「この日逃がしたら、次は一週間後…?」みたいな状況ではあまり攻めた治療ができなかった。

ただ、鍼灸なんかでも、病変はそこに残っているはずなのに、なぜか機能的に、痛みが軽減するなんていうこともあるのよねえ。これが不思議なんだけれど。

あとは、やっぱりこういうときにこそ未病って話をしておきたい。子宮内膜症っていうのは、わりと年齢が上がってくると出てくる。それまでは、機能性月経困難症って診断されていたりするから、もともと生理痛が強い、っていう人に出てくることが多いのかもしれない。で。そういう月経困難症なんだけれど、別に明らかに病変があるわけじゃない、っていうのを「機能性」ってつけて呼ぶわけだけれど、この一部が、年齢が上がってくると、今まではっきりしなかった子宮内膜症が大きくなってきて問題になる、ってことがあるんじゃないか、って考えられている。

そういう機能性から器質的な病変になる前に治療する、っていうのが、つまり、「未病を治す」ってことに…ならない?って思うので、お若い方で、生理痛がある方は、是非早めに手を打っておいてほしいと思う。