#16 不定愁訴と触れること

nishi01

ありがたいことに、いくつか質問してくださった方もあったようで、わたしが考えている事、考えたことがなかったこと、いろいろ混ざって良い刺激になってます。間をとってくださってる辻本先生、本当にお手数おかけしてます。

お医者さんって、本当にいろいろな事が降りかかってくるのよねえ、って思っていたんですよ。

わたし、以前看護学校なんかで講義することもあったんですけれど、その時によく、「試験範囲はどこからどこまでですか?」とか「今日の話は試験に出ますか?」って質問されたりしていた時には「臨床で患者さんになにか訊かれたときに「それは習ってない」って返事するつもりなの?」って思ってたんですよ。

この辺、最近の若いひとたちって、試験での点数が良いこと、ってすごく大きな影響があるのよねえ。試験?テスト?

昔わたしの子どもが、英検の勉強をしていたときに「その単語は習ってない!」って文句言ってたのを思い出すのだけれど、あれ、「中学校卒業程度」とかって書いてあるでしょ。いやさ。程度、って書いてあるからって、教科書に出てこない単語を使わない、ってどこにも書いてないじゃない。そんなの当たり前、と思っていたのだけれど、最近の人は、試験範囲があることが普通で、その中に「正解」ってのがある、って信じている?っていうか、本当にそれを当たり前だと思っておられるのだろうか…なんて心配になるのよねえ。

そんなの、リアルで臨床してたら、言い訳にもなんにもならんでしょうに。いろんな人がやってきて、いろんなことをおっしゃるのだから…。って思ってたんですよ。長いこと。で、私ははじめて聞く話でも、今まで考えたことなかった、って話題でもうーん…って考えたり、一緒に試行錯誤したりして来たんです。全部が満足いくような結果を出したか?って言われると、残念ながら、やっぱり私の実力ではなんともしがたい、っていうこともあったから、「全部解決してきた」とは言えないんだけれど。

で。そんな仕事のしかたしてきて、最近になって気づいたんですよ。

あれ?「お医者さん」たちも、「それは試験範囲じゃない」とか「習ってない」って言ってるんじゃないか?って。そりゃお医者さんたちが言ってるなら、看護学生さんたちが言ってても仕方ないかぁ…ってことで、反省したわけです。今まで厳しすぎたよねえ。って。

直接は「習ってない」とも「試験範囲…」とも言わないですよ。ええ。さすがに。

でも、「検査結果に異常ありませんでした」とか「これはウチの科の病気じゃなさそうです」って、やんわり、そういうことでしょ。そんな言葉に引き続いて、わりとちょうど良い年齢層の女性だと、「更年期(障害)じゃないんですか」って話になる、らしい。

更年期、ってのは、閉経の前後5年ずつだから、その年齢に達している人たちは全て、更年期、なんですよ。病気とか不調の文脈で「更年期」って言うときには「更年期障害」ってことだと思うのだけれど、何もかも更年期障害に突っ込まないでほしい、って思う。

更年期障害の説明とか病態のところに、だいたい必ず出てくる言葉があってね。「不定愁訴」って言うんですよ。不定愁訴。これ、どういう意味なんだろう、ってずーっと思ってた。

医者は不定愁訴って、どういうニュアンスで使っているか、っていうと、「よくわからんのだけれど、グチグチ言ってる」的な意味合いだったりする。妊娠中なんかは「マイナートラブル」っていう表現もあるんだけれど、マイナー、ってどういうことよ?って、ねえ。

つまり、医療介入が必要とまでは言わないけれど、でも本人は困ってます、的な話なんだろうと思う。

不定愁訴、って国語辞典だと「頭重・いらいら・疲労感・不眠など漠然とした不快感を伴う自覚症状を訴えるが,それとからだの異常との関連がはっきりしないもの。」(スーパー大辞林…パソコン搭載の辞書アプリより)って書いてある。

https://www.ibmjapankenpo.jp/i-support/stress_b/b01/b01_2_2.html こちらには「不定愁訴とは、病気ではないものの日々の生活をするうえで気になったりつらくなったりする症状のことで、症状の場所が複数であったり固定していないことから、不定愁訴と呼ばれています。」って書いてあるけれど、微妙に違うよねえ。症状の場所が複数とか、固定していない、っていう形の「不定」だと説明している。

https://kokoro.mhlw.go.jp/glossaries/word-1681/ こちらには「身体の状態について、何となく体調が悪いという感覚や様々な自覚症状を訴え、検査をしても原因となる病気が見つからない場合を指します。「頭が重い」、「目の奥が痛い」、「疲れが取れない」、「よく眠れない」などと訴えることも多くあります。」って書いてある。

https://www.kango-roo.com/word/21208 看護の用語では「unidentified complaint」の訳語ってことになってるんだけれど、つまり、訴えはあるけれど、どこから来ているのかが定位できない=不定、ってことになっている。症状が固定していようが、していまいが、原因がきっちり特定できない、っていう意味合いで使うことが多いんだろうなあ、って思う。もちろん、本人の訴え自体があっちいったり、こっちいったりするってのはもちろん困ったことなんだけれど。

(そういう人には逍遙散が良い、って漢方の勉強のはじめに習ったことがある。逍遙ってふらふらと歩く、っていう意味で、ふらふら歩くみたいに、訴えが次々と変化する人向けの処方なんだ、ってことで。エキス剤だと加味逍遥散、ってのがあるよねえ。婦人科の「三大漢方」って呼ばれる処方の1つになっていて、わりと使われているのは確か)

そうじゃなくて、自覚症状は固定していても、その病態を医療者が認識できていないと、「不定愁訴」になる、っていうことらしい。

あれ?でもさ。「あたまが重い」ってだいたいは肩こりとかあたまの疲労とかがあるでしょ。目の使いすぎとか。あとは歯の食いしばりとか。そんなの触ったらある程度わかるよねえ?

「目の奥が痛い」って、重篤な病気がある場合もあるので、きっちり検査が必要だけれど、そういう急激なとか、重篤な病気じゃない場合って、だいたいは目の使いすぎじゃないの?

「疲れがとれない」ってさ。寝不足じゃない?って思うこと多い。睡眠時間足りていない日本人多過ぎ問題。それだけ不摂生してて、「疲れがとれない」ってそりゃそうだよ。寝不足だと頭痛+めまい+吐き気みたいなのを一緒におっしゃる人もいるけど。ねえ。

それともう一つ、「疲労」じゃなくて「疲労感」が強いっていう場合は、これはあたまの疲労。身体は意外と元気なんだけれど、あたま局所の緊張が抜けきらないまま、疲労「感」だけが続いている人、っていうのも時々いらっしゃる。こういう人って、お話だけ聞いていると本当に疲労困憊されている人と似たような訴えされるので、じゃあ、くたびれている人に出す元気のでる処方にしましょう、みたいな勘違いが横行してたりする。で、見当違いの処方だからなかなか効果も出なかったりするのよ。

あと何だっけ?「よく眠れない」?うーん。それは真面目に不眠症の扱いになるでしょ。不眠症って、じゃあ、睡眠導入剤使ったら解決するのか?っていうと、そうじゃないもんねえ。それよりは、あたまの中の緊張を解消することの方が重要だったりする。寝ている間までみんな、いろいろ考え過ぎなのよ。

いらいら?それも消耗してるからねえ。疲れているのに無理に身体動かそうとするから、怒りのエネルギー使ってるのよ。まずは休みましょ。

…不定愁訴?

ちゃんと身体に触れて、さ。その変化をきっちり診ることができたらさ。それで状態の説明できることっていっぱいあるのよ。

でも、客観性には乏しいよねえ。「肩こってますよねえ」って数値化できないし、画像にうつるわけでもないし。そりゃ、炎症がひどくなれば多少MRIなんかにはうつるようになるけれど、それはよっぽどの状態でしょ。

それからさ。肩だけじゃないけれど、筋肉のコリ、ってさ。自覚症状と、触れたときの状況って差があるのよ。ものすっごいこってるなあ、っていう人がぜんぜん自覚症状なかったりとか、たいしてこってないのに自覚症状が強かったりとか。肩こりなんかはねえ。どこかを通り過ぎたら、自覚症状消えるのよねえ。ある意味、「目盛りが振り切れてる」状態なんだろうと思ってるんだけれど。

肩こりキツいよねえ…って、そういう人の肩もんだ結果、本人の自覚症状が出現してきた!っていうこともあったなあ。どっちが良いのか、って悩ましいところだよねえ。自覚症状ないままひどいコリが続いていると、たぶんその先、大きな病気につながっていきそうだから、自覚症状がある方がまだマシ、だと私は考えるのだけれど。

ってな話が、いわゆる自覚症状と客観性との問題としてありそうなんだけれど、さ。

もう一つ問題があって。

それは、最近の医療関係者って(医療関係者だけじゃないけれど)人に触れる、ってことをほとんどやってきていないのよ。だから、看護師がひとに触れるケアをする、っていう場面で、おっかなびっくり触れてくる、みたいなことになる。

お医者さん?お医者さんはさ。ほぼ人に触れないで仕事できるようになったから。最近とくに。採血検査も、エコー検査も看護師さんや検査技師さんたちがやってくれるでしょ。レントゲンやCT、MRIが必要になったら放射線技師さんたちだし。お医者さんはあとはパソコンの画面見て、そこに写しだされている画像とか、数値とか見てたら良くなったのよ。そもそも、お勉強やってきてる時に、そういうスキンシップ的なもの、少なかったりするもんねえ…。

あとは、患者さんたちも、触れられ慣れてなかったりする。くすぐったがりさんはしばしばいらっしゃるから、それはそれで仕方ない部分もあるのだけれど、婦人科では内診とか腟鏡診とかっていうのをする。内診台に上がってもらって。昔は器械のサイズ、Mってのがわりと普通だったのよ。最近はMだととてもキツい、っていう人が増えた。Sとか、あるいはSSとかっていうサイズを使うんだけれど。「上手な先生はみなMで診察されますよ」って昔は、そういう話があったのよ。で、そういう先生が最近は「やっぱりSとかSSじゃないと診察できない人が増えた」って。もちろん、医者が下手くそになってきた、っていうところもあるんだろうけれど、同じ先生がだんだん難しいと感じるようになってきているのが実状なんだろうな、と。難しい世の中になってきたなあ、って思う。

ここにセクハラの問題がいろいろ紛れてくるんだから、もう一つ話はややこしくなるのよねえ。

産婦人科の内診については、かならず、看護師さんが同席する、って形にして、患者さんと医者と二人きりにならないように配慮しているんだけれど、そういう配慮がこんご、全ての診察について必要…なんてことになると、本当に人の配置が大変なことになりそうだし、その分の人件費どうするの?って話が出てくるわけでさ。じゃあ、診察やめて、医者との間にはアクリルの壁立てて、みたいなことにする?(刑務所の面会みたいな感じになりそう)そうすればおおよそ、接触によって発生するセクハラは回避できるってことになるの、かなあ(リモート面接でもセクハラがある…ってこれは医療の文脈じゃないけれど…って話を聞いたことがあるから、配置とか構造だけでセクハラを完全に排除できるわけじゃないよねえ)。もちろん、ハラスメントにならないように、お互いの配慮っていうのが、いちばん大事なこと、なんだろうけど。ねえ。