#11 つわりについて

nishi01

つわりについて、いろいろ書いてまとめてほしい、って、辻本先生からのリクエストがありました。つわり、ねえ。いやさ。大変なのよ。つわりの話って。

私が大学院で研究をしていたことは以前もちらっと書いたのだけれど、周産期研究室っていうところに所属していたので、妊娠出産についての話題がテーマだった。

小さい研究室だったのだけれど、ちょうど研究室主幹が入れ替わったところでもあって、その先生もテーマをあまりお持ちじゃなかった、ってことと、もともとウチの大学院では、自分でテーマを決める、っていうのが主流だったっていうこともあって、本当にテーマ決めには苦労したのを覚えている。で、そんな右往左往していた時に、研究室の大先輩から少しアドバイスをもらったことがあって。その内の1つが「つわりはやめておけ」っていうものだった。

今まで歴代の先輩方が、挑んでは跳ね返され、挑んでは潰され、という、巨大な壁らしい。とうてい太刀打ちできないから、つわりについての研究はやめておけ、っていわれた。意外と研究の論文が少なくて、でもテーマとしては本当に身近なので…ってついつい、何らかの研究をしたい、って思う人が多いのだろうけれど、論文が少ないっていうのは、論文にできるような因果関係を見いだすことがとても大変、って、そういうことなんだろうと思った。

…という話をしてからかれこれ10年以上経っているわけで、先日、つわりの原因が解明された、っていうニュースが出てきて、大慌てでその話題を追いかけたのも記憶に新しい。

医学:妊婦がつわりを経験する原因を調べる | Nature | Nature Portfolio
医学:妊婦がつわりを経験する原因を調べる

 

2023年のネイチャーに載ったんだった。妊娠すると、GDF15ってのが分泌されるらしいのだけれど、これが多いとつわりがキツく出る、っていうこと、なんだそうで。つわりの重症化予防のためには、少量のGDF15を、妊娠前から女性に投与しておくってことができたら良いよね、ってのを動物実験レベルでは証明した、とかっていう。

へえ。

つわりについての疫学的な調査はそれなりにあって、最近のエコチル調査では、「つわりがあった方が元気な子どもが生まれる」みたいな話をしていた(つわりがキツい人の方が早産が少ない、って報告がここhttp://www.med.u-toyama.ac.jp/eco-tuc/result/tuwari2.html にある)。他にもつわりがキツいと子どもが大きいとか、IQが高くなるとかhttps://dna-am.co.jp/media/7090/ 。GDF15ってそんな働きがあるのかねえ?…いや、GDF15ってのも、単に結果、であってさ。他の「理由」があるのかもしれないよねえ。

症状の軽減、っていうことで言うと、ビタミンB6がそれなりに効きそう、って話があるんだけれど…。

サリドマイド事件、ってのが、むかし、あってねえ。

あれ、副作用の少ない睡眠薬、っていう扱いだったのよ。で、胃薬と配合して、日本ではつわりに対する処方として売られていた…のが、妊娠初期に内服すると催奇形性が強く出現する、っていう、ものすごく困ったことになったのよねえ。https://www.pmrj.jp/publications/02/pmdrs_column/pmdrs_column_78-47_06.pdf など。

だから、妊娠の初期に、薬を使うことへの抵抗感ってすごく出てくるようになった。

当時もつわりでしんどい、なんていうのは甘えだ。みたいな風潮もつよかったらしいから、「我慢すれば済むのに、それができなくて、勝手なことをして、子どもに不可逆的な奇形を与えた」くらいの雰囲気で、被害者のお母さんたちへの風当たりもつよかったみたい。

(今はサリドマイド、多発性骨髄腫の治療に用いられる薬として再び認可されている。治療を受ける方は妊娠可能年齢ではないことが多いから、問題になることはとても少ないのだけれど、男性が内服している間には精子に影響がある、っていうことで、きっちりかっちり避妊してくださいね、っていう部分も指導できる体制での使用ってことになっている https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/series/drug/update/200811/508537.html

つわり、って一言で書くけれど、漢字で書くと「悪阻」ってなる。これは「おそ」って読むこともあるんだけれど、産婦人科関係の本を読むと「妊娠の初期に消化器症状などの不快症状を自覚する人は全妊婦の7割から8割近くにのぼるとされている。これをつわりと呼ぶが、吐き気や嘔吐、気分不快がきつくて、体重が5%以上減少した場合などは、医療介入の対象になる」みたいなことが書いてある。

で、治療が必要ないくらいのひとたちのそれは「つわり」で、治療対象になるのは「悪阻」ってことにしてる。詠み方一緒じゃん!ってなるけど、後者は「おそ」って呼んでるので良いのだ。なんなら、その先にもっとひどくなると「重症妊娠悪阻」ってのがあって。本当にきつくなってくると、妊娠中絶を検討する、って書いてあったりする。

いや脱線した。で、一生懸命予防しているんだけれど、これが大変。なかなか効くものがない、ってのと、うっかりサリドマイドみたいな薬使ったりしたら怖い、っていうこともあって。おっかなびっくり、で進んでいる感じ。

妊娠悪阻の病院での治療としては、「安静にする」「水分や電解質を補う(点滴する)」「栄養分(糖分)を補充する(…これも点滴)」ってのが基本的なスタイルになる。

悪阻の状態は、吐き気が強くて、食べ物が摂取できないので、低栄養…っていうか、いわゆる飢餓状態になっているし、水分も摂取できないと、脱水も進むから、その辺に対する注意が必要ってことになっている。それと、ゲーゲー吐くと、胃酸が喪失するので、身体の中の電解質(イオンのことね)バランスが偏るので、その偏りを修正しましょ、ってことになっている。

まあ、つわりだけじゃなくて、飢餓状態だと、身体の中にある脂肪分を分解して、栄養として用いるようになるので、「ケトン体」ってのが増える。脳の栄養になるのはブドウ糖と、このケトン体しか無いのだけれど、ブドウ糖は身体の中で長期保存が難しいから、ちょくちょく補充する(つまり食事するってこと)が足りないと、どうしてもケトン体を使う必要がでてくる。これは、尿にもあふれてくるので、尿検査をして、尿の中にケトン体が出ていると「はい、飢餓状態ね」ってことで、点滴治療しておきましょうか。尿にケトン体が出なくなるのをひとまずの目安として、っていう方針が多いんじゃないかな、って思う。

気をつけなきゃならないのは、ブドウ糖を補充するときには、ぜったい、ビタミンB1を足しておかないと駄目、ってこと。これ足りなくなると脳神経が不可逆的に損傷されて、ウェルニッケ脳症ってのを引き起こすことになるから。ウェルニッケ脳症は、だいたいはつわりの時にビタミンB1が補充されてなかった、っていう場合と、それから、アルコールばっかり摂取して栄養が偏っていた場合に有名な病状だけれど、本当につらいから。

脱線するけれど、尿にケトン体が出てくる、わりと有名な病態には「糖尿病性ケトアシドーシス」ってのがあって、これは、本当に結構いのちの危険がある状態なので、ケトン体が出ているっていうのは、「それは大変だ!」って大騒ぎしている、ってことになるんだろうと思う。

って盛大に脅かしたあとで、最近はやりの糖質制限すると、簡単にケトン体出てくるよ、って話をちらっと書いておく。

https://koujiebe.blog.fc2.com/blog-entry-4132.html 糖尿病に対して糖質制限すれば血糖値は落ち着く!ってことをやっている先生の発信だと、ケトン体じたいはぜんぜん悪い物じゃない、って話になっている。

この辺、糖尿病の治療やっている先生方でも意見がいろいろ分かれるところらしくて。糖質制限すれば、血糖値が下がってくる、っていうのは、間違いないんだって。ただ、じゃあ、それを長期間続けることで健康に問題がでてきたりしないのか?ってところの懸念があって、それをどう評価していくのか、ってところで「アレは良い」とか「アレは良くない」とかっていう議論があるみたい。(そういえば、そんな話を聞いたのも10年以上前のことになるのか…今どうなっているのかは追いつけていないのだけれど、2016年には「まだ慌てて結論出せない」ってなってる様子。まあ論文書いた人の個人的な意見の場合もあるけど。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo/59/1/59_20/_pdf/-char/ja  )

 

つわりの話だった。

ショウガが良いとか、ビタミンB6が良いとか、なんか民間療法的な水準の話がいっぱい出てきている。https://www.u-hyogo.ac.jp/careken/kosodate/html/pdf/qa_tsuwari.pdf この先生なんかは足のマッサージなんかが有効、みたいなことを実践研究されて、論文にされているみたい。

漢方薬だと、「小半夏加茯苓湯」ってのがわりとつわりによく用いられる処方っていうことになっていて、これは、半夏、伏苓、生姜、っていう3つの生薬の組み合わせでできている。(本当はここに伏龍肝、っていうかまどを作った土を入れる、ってことになっている?んだったと思うけれど、この辺がうろ覚え。

伏龍肝湯、ってのもあるなあ。それとの併用だったかなあ。土?って思うよねえ。つわりがきついときに土?みたいな話になる。https://www.uchidawakanyaku.co.jp/kampo/tamatebako/shoyaku.html?page=262 あ、ただ、異食症ってのがあってさ。貧血が進むと出てくることがあるんだけれど、あれも氷がひたすら食べたくなる、とか、壁を塗った赤土?を食べる、とかって話になってたからちょっと似ているのかもしれない…)

で、こういう処方が使われたら、じゃあスッキリ良くなるか、っていうと、そういうものでもなくて。

つわり、って難しいよなあ…って思ってたんだけれどねえ。金子朝彦先生に聞いたら、わりとあっさり説明してくれたのよねえ。https://www.sakuradou.biz/article/16443141.html https://www.sakuradou.biz/article/16444901.html とか。で、中医学でのつわりの原因、ってのが納得できた。

まず前提として、胃の中の気って、普通は上から下に流れているのよ。で、「胃気無ければ死す」みたいな文章が残っているくらい、この胃の気ってのは大事だって書かれてたりする。そりゃ、これが無いと消化吸収できないからねえ。ごはん食べられなくなったら寿命だよ、ってことだったのかもしれないけれど。

まあ通常はこの、胃の部分の気が上から下に流れてるんだ、って思ってください。これは、食べ物が通る方向と、まあ一緒っていうことね。

ここで、妊娠するでしょ。そうしたら、子宮の処に、赤ちゃん(胎児)が存在するわけ。で、胎児ってのは熱源だからね。熱をぶわーっと作るんだけれど、一緒に気を放散しているんですよ。ほんとかどうかは別として、そう考える。で、放散した気ってのは、そりゃ、下腹部から来るわけだからさ。胃のところで、下から上に流れるのよ。どうしても。向きとして。そしたら、普通の時の胃で流れる気の向きの逆なんですよ。で、赤ちゃんの方がエネルギーとしては強いから、その気が勝ってしまうと、胃の部分で、気の流れが下から上!になるわけ。そりゃ食べ物も入らないし、なんなら吐くよね。ってなる。

じゃあ、どうするのが対処として良いのか、っていうと、その胃で衝突している気の巡りをうまいこと、いなしてあげる、ってのが大事なんじゃないか、って思うわけですよ。特に身体が硬いとか、あたまが緊張した状態が続いているとか、肩こりがあるとか、っていうと、そもそも身体の中で、あちこち気の滞りがあるわけで、さ。そういう処にやってきて、すげえ気を放散する存在が下腹部にあったら、そりゃあちこちで気の巡りに不調がでるよねえ、っていう。

逆に考えたら、母親の身体に不調がでるくらい、気の放散が強い存在の方が、元気に育つ、っていうことも言えるわけでさ。そりゃつわりがきついと元気な赤ちゃんってことになるよねえ。うん。納得した。(もちろん、気の放散がすごく強くても、それを上手に受け流しできたら、きついつわりにはならない可能性もあるから、つわりがきつくないと、赤ちゃんは元気じゃない、っていうわけじゃない。逆は必ずしも真ならず、ってやつですよ。)

私に漢方のことをいろいろ教えてくれる別の先生は、つわりには桂枝湯が効くんだ、って言ってた(それを教えてもらってからはまだつわりの人を診ていないので使ってみたことは無いんだけれど)。桂枝湯って風邪の時の処方なんじゃないの?って思うのだけれど、気を巡らせる、っていうことと、母体の気を補うってことができる、って考えたら、有効な処方なんだろうと思う。

それから、妊娠中のいろいろ出てくる症状ってのは、お腹の赤ちゃんからのメッセージっていうことも結構ある。妊娠したんだから、身体に無理がかからないような生活に切り替えてほしい、とか、妊娠しているのに、お腹の中にいる間は放置してても大丈夫とばかりに忘れてないよね?とか、夫婦喧嘩してないで、仲良くしてね?とか。そういうタイミングで、例えばちょっと出血する、っていうことはあって。妊婦さんはすごい心配するんだけれど、もちろん、心配なことも結構あるんだけれど、そこで、「お母さん、わたしのこと忘れてない?っていう赤ちゃんからのメッセージがこもっているんですよ」って伝えると、ハッとする方、結構多かった気がする。

妊娠中はねえ。あまり目を使ったり、あたまを使ったりすることを減らして、本能を優先にして生活してほしいのよねえ。なかなか、現代社会の中で、社会に適合して生きていこうとすると、いろいろ矛盾することが多くて、大変な世の中なんだけれど。さ。

鍼灸師さんの話を書いてきたので、もう一人、私の尊敬する鍼灸師さんの本のこと、ちょっと書いておきたい。https://wakishp.com/books/inochi 石原克己先生。惜しいことに先日(2023年1月に)亡くなったのだけれど、その前に出版されたこの本の中で、すこしだけつわりについての話を書いておられた。

先生がつわりの妊婦さんとの鍼療の中で、ある洞察を得た、って書いてある。「あなたは、今妊娠をしたことに、ちょっと納得いってないですよね?」的な話をされるんですよ。これ、本当に鍼療の時に深いつながりができているんだろうなあ、って思うのだけれど、その深い繋がりの中で、お互いに感じあうことがあって、それを言葉に載せたら、つまり、妊娠を許容できないこころがどこかにあった、っていうことだったんだと思う。で、それを指摘できる関係性ができていて、それを指摘された妊婦さんもちゃんとその言葉を引き受けるだけの余裕も体力もあるタイミングだったから、その指摘が妊婦さん自身のなかの洞察を生んだ、っていうことなんだと思うのだけれど、とっても感動的な一場面だった。

うっかり真似して、「妊婦がつわりでやってきたら、『あなた妊娠したくなかったんでしょ!』って言ってやれ」とか思っていても、ぜんぜん上手くいかないどころか、トラブルのもとになるから、そういう表面をなぞって真似するのはやめてね。

まあ、妊婦さんには、「胎児の放散するエネルギーがすごいから、胃のところで違和感になってる」「胎児の存在がしっかりあって、元気な証拠」「うまいことそのエネルギーをいなしてね。そのためには身体はやわらかくつかってね」ってなことをお伝えしている。

それと、「ちゃんと赤ちゃんとお話してね」ってこと。赤ちゃんだって、ちゃんと個別の存在で、こちらにメッセージを送ってきてくれるわけなんだから、ある程度、こちらからのメッセージだって、伝わるはずでしょ?だから、ちょっとしんどいねんけど、エネルギーの放出、抑えてもらわれへんやろか、って交渉は、やってみても良いのかもしれないよねえ。

身体をやわらかく、っていうことで言うなら、あたまの緊張は、肩甲骨や骨盤の緊張を引き起こすので、やっぱりなるべく避けた方が良い。それもあって、妊娠中は目を使うのは注意が必要っていうか、極力目が消耗することは減らしてほしい。そういう意味ではスマホなんていうのは、いちばんの天敵になるんだけれど、つわりきつい、何もできない、しんどい、って横になって休んでいるときに、それだけだといろいろ不安がうずまくからねえ。ついつい、スマホで検索したりするのよ。

視覚情報優位な現代社会の問題点なのかもしれないなあ、って思うのだけれど、これもまた難しいし、やっぱり便利な機械ではあるから、ねえ。