#09 月経前症候群について-1

nishi01

月経前症候群について、あらためて書いてみることに、しようかと思ったのだけれど。

月経前症候群とかPMSって、わりと新しい概念だと思っていたのだけれど、実は古い看護学の教科書にも載っていた。どのくらい古いかって言うと、昭和55年に出版された本。それから考えると40年くらいは経過しているのに、まだまだ認知度がそんなに高くない気がするのよ。いったいどうしたことなんだろうねえ…。

昭和55年の教科書には「月経に伴う症状は、月経随伴症という名前で一括されていたが、症状の性質やその原因などから、これらは全く異なる2つのものが混在していることが次第に判明し、今日では月経前緊張症(月経前症候群)と月経困難症の2つに分類されている」って書いてある。

当時の治療は黄体ホルモン製剤が得られない時代だったので、「対症療法として、利尿剤や鎮静・鎮痛剤が処方され、65-90%の治療効果が得られている」って書いてある。すげえ治療効果だなあ。それだけ改善しているなら、もうそんなに問題にしなくたっていいんじゃねえの?って思いたくなるけれど、実態は、ねえ。どうにも違う気がするのよねえ。

古い本の記述を追いかけても仕方ないや。最近の話で言うと、PMSってのは、「月経前に3日から10日程度の間続く、精神的、あるいは身体的症状で、月経開始とともに軽快ないし消失するもの」っていうのが大きな定義になっている。(あちこちにPMSについてのWebサイトも増えてきたので、参考にしてもらったら、と思う。たとえばこういうの。https://www.otsuka.co.jp/pms-lab/ )ざっくりした定義だけだと診断には使いづらいので、診断基準があるんだけれど、これはアメリカ婦人科学会(ACOG)が2000年に提案したものが今でも使用されている。

 

PMSの診断基準 (ACOG practice bulletin 2000)

1)過去 3回の月経周期において、月経前の5日間に以下の身体症状または精神症状の少なくとも1つが存在する。

精神症状:抑うつ、怒りの爆発、いら立ち、不安、混乱、社会からの引きこもり

身体症状:乳房圧痛、腹部膨満感、頭痛、四肢のむくみ

2)これらの症状は月経開始後4日以内に軽快し、13日目まで再発しない。

3)これらの症状は薬物療法、ホルモン内服、薬物あるいはアルコール使用によるものでない。

4)症状は次の2周期の前方視的な記録によって再現している。

5)社会的あるいは経済的能力のはっきりした障害が認められる。

 

これの翻訳が微妙に面倒くさいというか、概念的な部分と、言語的な部分と、文化的な差違が積み重なって、症状の記述が日本人にもこれでぴったり向いているのかどうか、っていう点については、微妙に不安になるのだけれど、まあそれでも世界的な基準がある方が、議論がしやすい、ってことになってるんだろうと思う。

「きっちり2周期観察しましょう」って書いてあるけれど、臨床的にはひとまず月経前症候群(PMS)と見込んで治療をはじめてしまって良いことになっているし、論文によっては「こういうのをPMSって呼ぶんですが、あなたそれに該当しますか?」ってアンケートで、該当する、しない、っていうのを被験者に直接尋ねて、本人の自覚・認識でPMSか、そうじゃないか、みたいなことを判別している、っていう論文もあったので、調査のしかたも人それぞれなんだなあ、って思った。それ、本人に聞いても、自覚ないかもしれないじゃない。ねえ?

 

月経前症候群(PMS)によく似た病態のよく似た疾患概念として、月経前気分不快症候群(PMDD)ってのがある。これは、アメリカ精神医学会が出している「精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)」ってのがあって、時々改訂されるんだけれど、第4版の途中から試験的にPMDDが採用されていたのが、現在の第5版(DSM-5)には、正式な疾患として採用になっていたはず。こちらの診断はそもそも精神症状を診断するためのマニュアルだから、精神症状がメインになっている。

 

PMDDの診断基準(DSM-5)

<基準A>過去1年間の月経周期のほとんどにおいて、以下の症状のうち5つ以上が、月経開始日の前の週に出現し、月経の開始後数日以内にそれらの症状の改善がみられ、月経開始後1週間以内にはそれらの症状が軽快または消失すること。また(1)、(2)、(3)、(4)のいずれかの症状が少なくとも1つ存在すること。

(1)著しい情緒不安定(例:急激な気分変動、突然、悲しくなるという感覚、拒絶に対する敏感さの増大)。

(2)著しい易怒性、怒り、または対人関係の摩擦の増加。

(3)著しい抑うつ気分、絶望感、自己卑下の観念。

(4)著しい不安、緊張、緊張が高まっている、あるいはいらだっているという感情。

(5)日常の活動に対する興味の減退(例:仕事、学校、友人、趣味)。

(6)集中困難の自覚。

(7)倦怠感、易疲労性、または気力の著しい欠如。

(8)食欲の著明な変化、過食、または特定の食べ物への渇望。

(9)過眠または不眠。

(10)圧倒される、または制御不能という自覚。

(11)他の身体症状、例えば、乳房の圧痛または腫脹、関節痛または筋肉痛、膨らんでいる感覚、体重増加

<基準B>症状は、仕事、学校、通常の社会的活動または他者との対人関係において、臨床的に問題となる苦痛や業務への障害を伴うことがある(例:社会活動の回避、仕事、学校または家庭内での生産性および効率の低下)

<基準C>この障害は、大うつ病性障害、パニック障害、気分変調性障害、または人格障害のような他の障害の症状の単なる悪化ではない(ただし、これらの障害のいずれかに重なってもよい)

<基準D>基準A、BおよびCは、症状のある月経周期の少なくとも連続する2回において、毎日の観察によって確認されるべきである(診断は、この確認に先立ち、暫定的に下されてもよいものとする)

<基準E>症候群は薬物などによる直接的な身体的影響による(薬物乱用、あるいは薬剤治療、もしくは他の治療などによる)ものや他の医学的状況(甲状腺機能亢進症)によらないものであるとする。

<基準F>経口避妊薬の使用者においては、経口避妊薬を内服しない状況での月経前症候群の存在があり、かつ、重篤であることの報告なしではPMDDの診断は、なされるべきではない。

 

長いよねえ…こういう診断の基準を作る時って、いろいろ除外事項があるから。

で。これは「他の精神疾患の悪化じゃない」って書いてあるし、「月経が開始するとともに軽快する」っていうのがあるんだけれど、そうすると、PMSやPMDDの診断からはみ出てしまう人たちがいる。つまり、「月経前に(うつやパニック障害などの)精神疾患(あるいは、そういう精神疾患として診断は受けていないけれど、ずーっと調子が悪いのが続いている)が明らかに悪化して、その後月経開始とともに多少は改善するんだけれど、でもずっとその症状がある」っていう人たち。

で。そういう状態を月経前の症状増悪、ってことで、PMEと呼ぶことになってきている。このPMEの人たちは、じつはPMSやPMDDの人たちよりも、もう一段、しんどい状態(月経がはじまっても症状が消失しない)を日々つづけておられて、本当に大変なんだけれど、成立を考えると、もともとキツいPMSがあって、症状に振り回されるようなことが続くと、自己評価が低くなって、かつ、症状がない時期に頑張って評価を取り返そうと無理をして…で、さらにしんどい状態が強くなって、っていうのを繰り返しているうちに、月経がはじまっても症状が消失しなくなってしまったんじゃないか、なんて考えている。

月経前に調子が悪くなるのは、PMSとかPMDDとかPMEって呼ばれることがあるよ、って話をしたんだけれど、そういう「なんらかのタイミングですごく調子悪くなる」っていう現象と、月経周期とが関係ないかな?っていう観察が必要になる。まずはその不調が出るの、生理前じゃない?って思ってみるところからしか、はじまらないので(ご家族や援助者の方が気づいてくださって婦人科につながった方もいらっしゃいます)。