#03 未病と患者教育

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自覚症状はあまりないけれど、歴史的には、本当に助からないことが多かった病気、ってのをひとつ取り上げて、患者への健康教育をどうするか、みたいな話をしてみようと思う。

 

その病気の名前は、「糖尿病」。

古くは、藤原道長公が、この病気だったと言われている。からだの中にブドウ糖を取り込むには、インスリンってホルモンが必要なんだけれど、これが足りなくなったのが、糖尿病って病気の中心にある。

そして、インスリンの足りない程度によっては、生存が望めない、という死病だったんです。インスリンの製剤が出てくるまでは。(インスリンを製剤として、糖尿病の患者に投与しはじめた研究者は、ノーベル賞を獲得してますから、やっぱり凄かったんですよ。その効果ってのは。参考:https://www.novonordisk.co.jp/about/insulin-100-years.html など。)

 

今、糖尿病って診断される人は、インスリンがある時急に枯渇してしまって、生存のためにはインスリンの投与が必要なひと(1型糖尿病)と、相対的にインスリンが少なくなっていて、インスリンの製剤は使っているけれど、まだ体内でもインスリンが作られているから、必須ではない(けれど、血糖値をきっちり下げるほどではない)という2型糖尿病(こちらは、生活習慣病とされている)のひと、がいる。

前者は、風邪を引いた、とかのきっかけで、膵臓のインスリンつくる細胞が、急に壊れてしまった、みたいなことがあったりする。

 

全体として、人数が多いのは、後者の2型糖尿病で、これは、糖質の多い生活を長期間してきた、とか、肥満が進んできた、とか、そういう形で発症することが多いみたい。

 

インスリンが足りなくなると、血液の中にあるブドウ糖を、からだの組織が取り込むことができなくなるので、身体としてはいわゆる飢餓状態になるので、どんどん痩せていくし、血糖値が高いと、のどがかわくから、水をたくさん飲みたくなるし、尿にブドウ糖を捨てることでなんとかバランスを取ろうとするから、尿が甘くなる(誰が味見したんだろうねぇ)。

 

けれど、

インスリンだけじゃなくて、いろいろな薬が開発されてきて、早い段階から、食事を工夫したり、運動の習慣をつけたり、という生活の注意を積み重ねることで、そういうつらい最終局面までの時間を先送りできるようになってきた。

なってきた、のは、本当なんだけれど、そのためには、患者さん本人が、自分で生活を気をつけてもらわなければ、ならないのよ。

毎日まいにちのことなので。

 

じゃあ、そういう話を聞いてもらって、実践してもらう、ってところに、医療関係者は動機があるのだけれど、自覚症状のない患者さんたちには、動機なんて、無いわけ。

でもさ。

医療関係者って、おせっかいだから、患者さんたちに、それを理解してもらって、動機づけしたいわけ。

 

そういう時に、いちばん効果的な動機づけって、脅かすことになるのよ。

「あなた方がなってしまった糖尿病ってのは、うっかり放置しておくとこんなにひどいことが起こる可能性がありますよ」って。

 

糖尿病の、患者教育、って言うんだけれど、目的は、汚いもの言いをするなら、患者さんたちを脅かして、医療関係者が思ったような、品行方正な生活をしてもらおう、ってどころにある。

 

糖尿病の合併症ってけっこうきつくて、例えば糖尿病性網膜症ってのは、そのまま進行すると失明するし、糖尿病性腎症は、透析しないと尿毒症で死んでしまうし、糖尿病性神経症は、足の神経伝達が悪くなって、まあ、それだけなら大したことないのかも知れないけれど、足の小さな怪我に気づかなくなったりする。その上、血糖値が高いと、免疫機能が悪くなるから、傷から入った細菌が大いに増殖して、ひどくなると、本当に足が腐っていくのよ。

 

そういう患者さんたちを診ているから、同じような、大変な目にあわないように、って医療関係者は思うのよ。

で、口うるさくいろいろ言うんだけれど。

 

なかなか動機づけには、なりづらい、よねぇ。

 

いちいち、毎日足を裏表観察して、傷が無いかどうか確認しましょうとか、靴履くときには、毎回、石が入っていないか、確認しましょう、とか。面倒くさいじゃない。

足にあたるくらいの石があったら、わかるでしょうに、って元気な人はそう思うだろうけれど、神経症が進むと、そういう感覚がどんどん鈍くなるので、足の傷をますます作りやすくなるのよ。

 

で。

毎日の面倒くさい儀式がひとつずつ増えていくわけ。

 

透析するようになると、1日に摂取する水分の量が決まるので、お茶ひとつ飲むのも量をはかることになるのよ。まあ、そのくらい進行してると、水が多くなってしんどい、みたいな経験も積み重ねるから、面倒くさいけれど、守るようになってくるのかも知れないけれど。

 

こういう患者教育、ってのが、なんとも、不健全な関係になりかねないよねぇ、って話があって。さ。

個人の決定は、その人がするわけでさ。

それを、他者は尊重するべきじゃない。

なのに、「あなたのその決定は、間違っている!」って言うわけ。

まだ自覚症状もない、くらいの患者さんに。

 

このあたり、本当に難しいよねぇ、って思うのよ。

糖尿病だけじゃなくて、高血圧も、高脂血症も、似たような話がおるから。ねぇ。

 

なので、自覚症状がないものは、全て放置してよい?ってのは、極論で、やっぱりちゃんと対処するほうが良いこといっぱいあるよ、って話。

 

もちろん、この話にも、過剰診断とか、過剰診療ってものがつきまとうわけで。

血圧はどのくらいまで下げるべきなのか、とか、本当にそれをしないと病気は進行するのか、とか、ねぇ。

 

なので

病気が進行するとこういう状態になる人がいる、って話と、あなたの病名は同じだから、あなたも、このまま放置すると、同じようになる、って話は、別なのだけれど、

うっかり同じ、ってことにしてない?みたいな話はあるだろうし。

その状態を避けるよりも、今のこの生活を今続けることが大事、って価値観で生きている人もいるだろうし。 

 

…ってあたり、まだまだ議論が残っているんだと、思うわけです。