#52 医療全般:生命科学系の論文を読んでみる

nishi01

こないだ、SNSを見ていたら「甘いカフェイン飲料は…」っていう記述があった。どうやら、そういう話で論文を書いて、ネイチャーに収載されたらしい。

わたしが最初に読んだのは、読売新聞の記事(https://www.yomiuri.co.jp/medical/20240909-OYT1T50110/ )だった。

これには、マウスの実験で、1)通常の水 2)カフェインを含んだ水 3)カフェインと甘味料を含んだ水、という3グループに分けて自由に飲ませると、カフェインと甘味料を含んだ水を飲んでいたグループで、体内時計がずれて、生活リズムが変化した(昼夜逆転なども見られた)ということらしい。なお、カフェインの濃度については「一般的なエスプレッソの半分の濃度」って書いてあった。

この記事だけを読んでいると、いろいろ疑問が湧いてくる。

カフェインが効いているのか、それとも甘味料が効いているのか。甘味料が効いている、って考えるなら、どうして甘味料だけ、のグループが無いのか。それとも組み合わせが効いているってことなのか。あるいは、甘味料って書いてあるけれど、それはカロリーを含むものなのか、それともノンカロリーの甘味料なのか。

論文が掲載された、っていうことだから、探してみた。そしたら出てきた。さすがネイチャー。登録していなくてもタダで読める。(https://www.nature.com/articles/s41538-024-00295-6 )広島大学のプレスリリースがこちら。(https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/84871 )ここにネイチャーの論文にむけたリンクがあった。

ネイチャーに載った論文だから、英語だけれど、まあある程度辞書を引きながら、読んでいくことができる…よね?甘味料は何を使ったの?ってのは、「1-5%スクロース」あるいは「0.1-0.5%サッカリン」って書いてあった。甘味料だけ、のグループも、ちゃんとあって、やっぱりスクロース=ショ糖=普通の砂糖、のグループは多少運動量が増えているって書いてある。

ちなみに、カフェインの濃度は0.05%ってのと、0.1%ってのを採用しているらしいけれど、普通のコーヒーが100mL中に60mgのカフェイン、の濃度らしい。これを計算すると、おおよそ0.06%ってことになるから、普通のコーヒーよりも濃いものが、水分として供給されている、っていうことになっていたらしい。

論文の中で、それが書いてあるところを見つけられなかった(やっぱり英語は目が滑る)ので、よくわからんのだけれど、「普通の水」っていうグループがあるってことは、さ。これ他のグループは「普通の水」は選択肢として与えられていない、ってことになっているんだろうか?

一応「アドリブ=随意」に食物と水にアクセスできる環境だった、って書いてあるんだけれど、水とカフェイン入りの水の「どちらを選んで飲んでも良い」という選択肢が、カフェイン負荷のグループに割り当てられたマウスにあったのか、どうか、ってこれだけでは読み取れない…わたしの語学力の限界かもしれない…。うーん。他の部分と読み合わせると、やっぱり水(場合によってはカフェインまざってるよ、マウスには選択肢は無いよ)は一つ、という感じの扱いになっているような気がする。わざわざ二つの水ボトルを入れておくのも無駄が多いし、カフェインは無味無臭だから、入れ間違いのリスクも出てくるだろうし、ねえ。

でもさ、甘い飲料だとさ、やっぱりそれを好んで摂取するだろうから、カフェインの量って増えるんじゃないの?って思いながら読み進めていたら、さすがネイチャー。ちゃんと、わたしが疑問に思うようなところは、査読された方からの指摘があったらしい。サプリメント(追加項目)といって、本文とは異なるのだけれど、本文の主張を証明するための追加実験をいくつかしていた。

こっちを見ると、水分の摂取量はカフェイン入りの水を飲んでいるマウスのほうが明らかに少ない。けれど、甘味料としてショ糖やサッカリンを使っているけれど、その甘味があったから、といって、カフェイン入りの水の消費量が増える、ということは、なかったらしい。

ちなみに、「通常の水」群にくらべて、カフェインが含まれているグループではマウスの体重増加が小さい、という追加実験の結果も載っている。食事の摂取量は変わらない(水分の摂取量は少ない)ので、運動量や代謝が増えた?っていうことなのかもしれない。

…ということで、この論文の実験結果をまとめると、カフェインのみ、よりもカフェイン+甘味料の組み合わせが、体内時計の変動などの影響を大きく及ぼす、っていうことがわかった。ひがな一日、コーヒーの濃度のカフェイン入り水を飲まされていたマウスは大変だったろうけれど。

カフェインはヒトには嗜好性のもので、だからカフェイン入りの飲料を販売すると需要がある、っていうことなのだけれど、マウスにとっては、痛みを増強する成分らしい。(https://www.nips.ac.jp/release/2008/10/post_17.html )なので、カフェイン入りの水を好んで摂取することは、どうやら無いのだろうと思う。

今回の論文も最初に話を聞いたときには「甘い飲料になったから、カフェインへの嫌悪が緩んで、カフェインの総摂取量が増えた結果なんじゃないか?」って一瞬思ったのだけれど、そういう単純な話ではなくて、やっぱりカフェイン+甘味料の組み合わせそのものが、個体への影響を引き起こしているって話になった。と、いうことはカフェインの吸収の部分の話なのか、それとも吸収されてからの神経なんかでの代謝の部分の話なのか、ってところでの差がある、と想定することになりそう。

ちなみに、想定されていたのはエナジードリンクらしいけれど、甘味としては、その10分の1くらいしか入れてないからね、って書いてある。そりゃエナジードリンク飲まされてたら、のどが渇きそうだもんなあ…。

論文ってのはこうやって展開して、素人でも出てくるような疑問はちゃんとおさえているんだなあ、って思うと、書く時に面倒くさい作業が山盛りあることがわかる。やっぱりちょいと実験して、すぐに有名な科学雑誌に載る、なんて甘い話では、ない。

実験をやった結果として、何がわかって、何がわかっていないか、っていうのは、これはある程度ハッキリする。だって自分たちの実験でやったことがわかったこと、だから。やっていないことは「まだわからない」ってことになる。

とはいえ、このわかったことを、そのままヒトに当てはめて使えるかどうか、って話になるとそれはやっぱりちょっと難しい。この論文にも、はっきり「この結果を直接ヒトに適用するのは難しい」ってなことが書いてある。難しいのだけれど、たぶん、似たような関係がヒトでもあるんじゃないか、くらいの話は言っても良い、ってことになっていて、これを使って、甘いカフェイン飲料は注意が必要かもしれないですよ、くらいは発信が増えるようになるのかもしれない。

ちなみに、にしむらの次の疑問は「甘いカフェイン飲料の影響は強く出る、ってのはわかった、ってことにしようか。ところで、甘いもの(お菓子とか?)を食べながら、(甘くない)カフェイン飲料を摂っていたらどうなるの?それは甘いカフェイン飲料と似たような話になるの?」ってことになる。

こういう疑問に答えるために、どうやって実験を組み立てるのか、って考え始めると、これはまた難しいってことが想像できる。だって、食べ物の方を甘い飼料にしたら、それだけで、飼料を食べる量が増えたりするでしょ。そういう関連部分への影響を別の実験で「この部分の影響はあまり大きくない」なんていう議論を積み重ねないと、その先に進まないことになる。

生命科学の研究は、こういう実験系を組み立てて、比較していく、っていうことがけっこう多いのだけれど、交絡因子って呼ばれる、今話題になって「いない」物事が、結果の差を生み出したりすることがあるので、その辺の解釈がけっこう難しい、ってことになる。

以前も紹介したと思うけれど、いわゆる「武器軟膏」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%99%A8%E8%BB%9F%E8%86%8F の話題はまさに交絡因子が影響した、って話になっている。こういうこともあるから、観察研究と、その研究の理論化っていうのはなかなか難しい。