辻本先生からのリクエストは、わたしの臨床における葛藤について…なんていう話をちょうだいしたので、しばらく考えていたんだけれど、思い出した話があった。
卵巣嚢腫、って、昔は双手診といって、腟の方に指を入れてそちらから押し上げつつ、お腹の上から反対の手で挟む形で診察して、「卵巣が腫れている」みたいな判定をしていた、らしい。
もう私が医者になったころには経腟超音波エコーっていうのが当たり前になってしまっていて、それで観察すれば、見落としなんかもなくなっていた。逆説的な言い方をすると、エコー検査っていう便利な道具が出てきた結果として、そうじゃない方法を磨くことはできなくなったので、内診とか双手診とかがまあ、ポンコツになってしまっている可能性がある。
いわゆる子宮癌検診を、公費でやっていると、超音波エコーが無い、っていうこともある。昔、私が働いていたところも、人間ドックの子宮癌検診は、エコー検査が無かった。本体がそれなりに高級品だから、あっちにもこっちにも、っていうのが難しい、なんていう事情もあったんだろうし、エコー検査の費用を請求できない、っていう現実的な理由もあったんだろうと思う。
で。癌検診にいらっしゃった方なんかで、時々、「今日、そのまま婦人科の外来に行ってね」っていう手配をすることがある。エコー検査や、その他の追加検査が必要、とか、あるいは、子宮頸管ポリープが見つかって(これは肉眼で見えるところに出てくるから、癌検診したときに見つかることが結構多い)、それをさっさと取ってしまおう、みたいな話だったり。
子宮頸管ポリープは、外来で、麻酔なしに、器械(鉗子ってやつね)でつかんでそのままぐるぐる…って回していると、そのうち、ちぎれる。捻除(ねんじょ)って呼んでるけれど、あっという間に終わるから。
ある時、そんな感じでドックから外来にいらっしゃった方があった。内診と双手診の判定としては「異常なし」って書いてあった。まあ、せっかくエコーのある外来にいらっしゃったし、エコーしておこうか…。って見たら、卵巣嚢腫がみつかったの。その後もう一度、あらためて、双手診したんだけれど、ぜんぜんわからないのよ。
あれ、まあ。って本当にびっくりして、たまたまだったけれど、エコーする機会があってよかったねえ…なんていろいろ検査して治療することになったりした。
別の、外来で様子をみていた患者さんに、やっぱり超音波エコーをしたとき、8cmくらいだったかな。卵巣が腫れているのに気づいたことがあった。卵巣は、排卵する前に卵胞を形成するんだけれど、たいていは2cmかもうちょっと大きいくらいのことが多いって話なんだけれど、時々4cmくらいに腫れることはある。
子宮頸癌の手術をすると、手術後に放射線治療をすることがあるんだけれど、卵巣をそのままもとの場所に置いておくと、放射線照射の範囲にひっかかってしまう。なので、これを放射線照射の範囲外に引っ張り出して、移動させる、っていう手術をすることがあったんだけれど、皮下に移植していたから、排卵の前になると、大きく腫れてくる。毎月腫れるってのも、本当に面倒くさいことになっているよなあ…って思うのだけれど、血管をつないだままで移植するとなると、そこがギリギリの場所なんだったんだろうと思う。
で、この腫れてくるサイズがやっぱり4cmくらいにはなるのよ。卵胞ってそんなに大きくなるのかあ…ってのが実感できた経験だったんだけど。そういうことがあるから、しばらくは様子見ましょう、っていう話もあったりする。
でもさ。8cmだぜ。さすがに大きくなりすぎじゃねえの?(ってことはつまりはやっぱり手術が必要な卵巣嚢腫なんじゃないの?)って思うわけですよ。
ところで、この8cmの卵巣嚢腫がみつかったひと。実はアルコール依存症で治療中だったのよね。毎日アルコールが無かったら我慢できないらしい。
手術するとなると、入院なんだけれど。入院中はアルコール飲んだら、そのまま強制的に退院!って話だし、そもそも我慢できないなら、入院できない、って言われてさ。
うーん…どうしよう…ってすごく困った記憶がある。
結局どうなったか、っていうと、MRIを撮影したときには、かげも形もなくて、機能性嚢胞だったんだろう、って結論になったので、手術しなくて良くなったんだけれど。あれも本当に不思議だった。
アルコールが駄目、っていう話もあるんだけれど、実は手術するには禁煙してきてね!って話も、最近どんどん厳しくなってきている。
https://anesth.or.jp/files/pdf/kinen-p-3_20210121.pdf
こちらが一般向けのポスター。
http://www.anesth.or.jp/guide/pdf/20150409-1guidelin.pdf
こちらが麻酔科医向けのガイドライン。
で、ガイドラインから抜粋すると
① 喫煙で種々の周術期合併症は増加し、術後の回復が遅延する。
② 術前患者には喫煙の有無を確認し、喫煙者には禁煙の意義と目的を理解させ、禁煙を促す。
③ 手術前のいつの時点からでも禁煙を開始することは意義がある。
④ 手術直前の禁煙でも周術期合併症の増加はみられない。
⑤ 可能な限り長期の術前禁煙は、周術期合併症をより減少させる。
⑥ 受動喫煙も能動喫煙と同様に手術患者に悪影響を及ぼす。
⑦ 敷地内禁煙などの無煙環境の確立は重要である。
⑧ 禁煙指導は術前禁煙を促進し、術後の再喫煙率を低下させる。
⑨ 周術期禁煙を契機とし、生涯の禁煙を目標にする。
⑩ 周術期医療チームや外科系医師、禁煙外来など他科や他職種と協同して周術期禁煙を推進する。
ってなってるのですよ。
このひとつひとつが、今、麻酔科医が認識している、喫煙は悪い。術後の問題が起こりやすい、だから禁煙してきてね!ってことになってる。
このガイドラインを私が認識したのが、記憶違いじゃなければ、「禁煙ができていないので、手術はキャンセルします!」っていう話が突発的に耳に入ってきたから、だった。えええええ?って思った記憶があるのよ。当時。
だって、それまでに、ヘビースモーカーの手術の麻酔、やってくれてたじゃん。って。(なんなら、院内が禁煙になってから、喫煙するために病院の外まで頑張って移動するようになるから、スモーカーの方が術後のリハビリが進むよねえ…みたいな与太話をしていたことも覚えている)
手術の予定が決まった段階で、麻酔科医の先生と、ご本人が、「禁煙しましょう。できてなかったら、麻酔かけないので、手術はキャンセルします」って、そういう約束をしている、んだったら、まだわかるんだけれど、さ。そうじゃなかった気がするのよねえ。さすがに、そんな大事な話なんだったら、もうちょっときっちり伝えておいて欲しかった…みたいなことを考えて、で、この麻酔科医のガイドラインを見たのよ。その時に。(うろ覚えだから前後がちがうかもしれないけれど)
禁酒も禁煙もできたら、それにこしたことはない。それはわかってるんだけれど。でも、どうしても無理な場合って、それでも麻酔かけていただけます?って話を、しっかりしておかなきゃならなかったのよねえ…。
今は、事前にそういう話が本気でされているので、主治医の先生が「本当に禁煙できなかったら、手術キャンセルになるから!」って真顔で言う、っていう話になってるのかもしれないし、あるいは精神科受診してもらって、ニコチン依存症の診断書をもらうのかもしれないけれど、さ。
当初院内が全面禁煙になったときに、病院の敷地ギリギリのところにスモーカーの人たちが一列になって、けむりをはいている、っていうのを見て、なんとも言えない思いをしたのを、覚えているんだけれど。私が学生の時に臨床実習で訪問した病院は医局がタバコの煙でモウモウとしていたのよ。たった数年で、本当にえらい変わったものだった。
私は個人的には、タバコの煙はあまり好きにはなれないんだけれど、それと、「喫煙者は人権を一部制限されてもかまわない」っていう主張とはまた別で、さ。どうしてもやめられない人、に対しても、それなりの医療って提供される必要があるんじゃないか、って思うから、なんなら、院内に分煙でも喫煙場所を設置してさ、喫煙者が路上で喫煙しなくて済む環境を整える、っていう方向性でも良かったんじゃない?って思うのだけれど。
昔の国鉄は禁煙車があった、くらいだったし、新幹線も喫煙車と禁煙車があったよねえ。飛行機の中でも喫煙できた時代もあったらしいけれど。その時代に比べたら、タバコの煙がつらい、っていう思いはしなくて済むようになって、私としてはありがたいことなんだけれど、それにしても、嫌煙っていうの?喫煙者への風当たり、強くなりすぎじゃない?って思ったりする(でもやっぱり、もと喫煙車両の、壁に染みついたみたいなタバコの残り香はつらい)。