病気と闘った方の体験記で、いい本があればご紹介ください
わたしが学生だったころに、エリザベス・キューブラー・ロスっていう人がわりと有名だった。『死ぬ瞬間』って本が代表作ってされているんだけれど、自分自身の(そろそろ目の前にやってきた、避けられない)死をどうやって受容していくのか、っていう話だった。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%EF%BC%9D%E3%83%AD%E3%82%B9
結構一世を風靡したように記憶しているけれど、1998年に新版が出版されているらしい。その後、彼女自身が、いわゆる不治の病に冒されて、自分が書いた4つのプロセスっていうのが、なんというか、欺瞞じゃないけれど、そんなにすぐに次のステップにいくものじゃないよねえ、みたいな話をされていたんだったと思う。
科学っていうのは、わりと「再現性」とか「だれがやっても同じ結果になる」みたいな部分をすごく大事にしている。そりゃさ。わたしが実験したのと、あなたが実験したのとで結果が違う、ってなったらさ。それに共通する科学理論なんて作り上げられないでしょう。
でもさ。実は人間の一生って、その人にとっては「一回きり」なのよね。ってあたりと、それから、その人と、その人の親しい人、っていうのが出てくる。この辺を「一人称の死」とか「二人称の死」みたいな書き方をしたりする。
一人称の死はねえ。いろいろあって、ぐちゃぐちゃ思いながら、後悔したりしていても、まあ、ある意味で「締め切り」があって。つまりなんだかんだって思いを残しながらも「今この世で生きているわたし」が消えていくことになるわけでさ。https://www.souzoku-gakkai.jp/wp-content/uploads/0410f517212219e3013849e0c50717dc.pdf
大津秀一っていう緩和ケアの先生がわりといろいろ本を書いておられるけれど、死ぬときに後悔すること25、ってランキング本(ちがう!)もある。とはいえ、これはまあ、本人がいなくなるわけだからねえ。
二人称の死について、これも結構介護看取りの記録が出版されているものがある。いやさ。闘病記系って結構多いのよ。お医者さんの闘病記なんてのもあったりするし。「闘病記っていうほど戦ってません。耐えてただけです」ってタイトルで書かれた方もある。『わたし、ガンです ある精神科医の耐病記』頼藤和寛https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166601646
一時期、そういう一人称・二人称の本を読んでいたけれど、そんな中でも『逝かない身体』川口有美子 https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/81229 『俺に似たひと』平川克美https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/84360 『死にゆく人のかたわらで』三砂ちづるhttps://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344030848/ なんかは、それぞれに良かった。
川口氏のお母様はALSを発症されて、その発症からはじまって、訪問介護事業の立ち上げ、ALS患者会との出会いやそこでのもろもろが描かれている。実際の苦労はわりとさらっとしか書いておられないけれど、本当にその一文がずっしり重みを感じさせたりする。
平川氏はお父様を、息子である氏が介護しつつ、看取っていく、みたいな話。医学書院のWebサイトで連載されていたんだけれど、出版されてからは、Webサイトの記事が読めなくなってしまったりして、ちょっと残念。いろいろ権利関係の問題があるからねえ。
三砂氏は、パートナーの上咽頭癌だったかな。結構見つけるのも大変で、見つかったときには結構進行していて…みたいな話だったと思う。
読んではいないんだけれど、『医者が妻を看取る – 夫婦でがんと闘った3年10ヵ月の記録』小野寺久、https://www.chuko.co.jp/ebook/2022/05/517962.html は、私が研修医だったころに外科の部長をやっておられた先生が書かれた本だった。書店で見かけたときに「ええええ!」って声を出しそうになったのを覚えている。
乳癌で転移再発しながらも役者の仕事を続けておられたのが樹木希林さん。さくらももこさんなんかも割と知られる名前かもしれない。哲学者の宮野真生子氏が生前、磯野真穂との往復書簡をしたためて、出版したのが『急に具合が悪くなる』https://www.shobunsha.co.jp/?p=5493 。残念ながら、出版されたときには宮野真生子氏はすでに鬼籍に入っておられるし、彼女の論文というのも、そんなに出版されているものは多くないのだけれど、これは渾身の作なんだろうな、って思う。なお、宮野氏は「なぜ私たちは恋に落ちてしまうのか」みたいなことを哲学されていたらしい。
乳癌については『乳癌日記』ってのが漫画で出ている。https://kosaido-pub.co.jp/books/book/%E4%B9%B3%E7%99%8C%E6%97%A5%E8%A8%98/ この方はまだ元気にお過ごしなので、看取りとは別の話なんだけれど、今の乳癌の治療と副作用の事情みたいなことを、患者視線で描いてくださっている。
闘病記ってのは一大ジャンルになっているらしいんだけれど、こういう本を通じて、二人称の死を疑似体験しておくっていうのは、悪いことじゃない、気がする。
わたしは、医者という立場で、ひとさまの人生の一局面に関わるっていうことが仕事になっていたから、自分一人の人生だけじゃなくて、さまざまな人生経験…の一部上澄みを、その方々の肩越しに拝見させていただくことが多くて、それは私の中で、ありがたい宝物になっている、と感じるのだけれど、それに近いものを、こうした闘病記の本はわけてくださっている感じがある。