#25 月経の仕組みと不妊治療

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わたし(にしむら)は、産婦人科領域の4つの領域、っていう、「腫瘍」「生殖内分泌」「周産期」「女性のヘルスケア」の中でも、「女性のヘルスケア」…のまた一部に偏った専門性があって、まあ、漢方の話をメインでやってくるとその辺になるわけなんだけどさ。一応、それなりにどれも…って言いたいところなんだけれど、生殖内分泌の基礎と臨床の話は、あまり実践の経験が多くないので、「苦手」な分野だったりする。

とはいえ、看護学生さんたちに講義する程度には話ができると思うし、不妊症の原因を説明する上では、妊娠にいたる生理学の話が必要になる。で、そのためには、月経の話をきちんとしておかなきゃならない、ってことになるのよ。

不妊症にどうやって鍼灸や漢方で対処していくか、って話は、そりゃもう、金子朝彦先生とか、奥様の邱紅梅先生とかが、一生懸命実践されていて、それだけで一冊どころじゃない本が書けるくらいの内容になっているので、是非、そちらに聞いていただきたいところなんだけれど。

まずは、月経の話からしようか。

月経って、以前定義を持ってきたと思うけれど、「1ヶ月に1回くらい、子宮から出血があって、数日で止まる、ことが繰り返されているもの」みたいなざっくりした話だった。

じゃあ、そこでなにが起こっているのか、っていうあたりよね。

まず、子宮の中では、月経の時に子宮内膜っていうのが、剥離・脱落して、それと一緒に一部子宮の壁から出血しているんだろうと思うのだけれど、そういうものが、月経の出血(昔は経水なんて呼び方もした)になって排出されている。この出血がある時期を「月経期」って呼ぶ。

月経の時の出血は、一度子宮の中でかたまるらしい。でも、血の塊が子宮からそのまま出てくる、ってなると、子宮口が広がることになるし、急に広げられるとやっぱり痛い。だから、かたまった血が、もう一回溶けてから、液体になって出てくる、っていうのが一応の設計になっている。このとき、血のかたまりを溶かす働きを発揮するのが「線溶系」って呼ばれるタンパク質。プラスミノーゲンっていうタンパク質が、活性化されて、プラスミンってのになると、血栓を溶解していくのだけれど、https://www.toho-u.ac.jp/sci/bio/column/0802.html この線溶系が、一定量、準備されている。

月経の量が多いと、準備されていた線溶系だけでは間に合わなくなるから、月経の中に凝血塊が混ざるってことは、そもそも出血の量が設計よりも断然多い、ってことになる。いわゆる過多月経って判定になるから、どこかで相談してほしい。最近、経血量が多いのを漏れない!っていう下着もあるけれど、産婦人科医的には、まずは漏れない下着よりも一度過多月経の診療を受けて欲しい、って思うところ。

早速脱線しちゃったので、戻るけれど、4-5日で月経期は終わって、そのあと、子宮の内膜は、次の月経に向けて…じゃなくて、次の分泌期にむけて、また分厚くなってくる。この分厚くなる時には、ホルモン的にはエストロゲンが関与している(ホルモンの話は後ほどまとめて説明しよう)。分厚くなってくる時期だから、「増殖期」って呼ぶ。

月経周期14日目くらいになると、内膜が十分に分厚くなってきて、妊娠にそなえた準備が完成することになる。で、この状態で、受精卵を待つのだけれど、この時期の内膜は組織学的には粘液なんかを分泌しているように見えるので「分泌期」って呼び名がついている。

受精卵がここにやってきて、子宮内膜に着床して…ってなると、そのまま妊娠につながっていくのだけれど、妊娠が成立しない場合は、10日から14日くらいの分泌期を維持した後で、子宮内膜が剥離・脱落していく。これが「月経期」ってことになる。こういう形で子宮の中の周期があって、子宮周期、って呼ばれる。

卵巣は卵巣でのリズムがあって、まあこれは下垂体あたりからのホルモンの支配に影響されているわけなんだけれど、子宮の「増殖期」に相当する時期は、卵巣は、卵胞をどんどん発育させていく時期になっている。これは超音波で成長していく卵胞が観察されるので、「卵胞期」と呼ばれる。

実は、子宮の内膜を分厚くしているエストロゲンが、この卵胞の壁を作っている細胞から分泌されている。これが十分に分泌できるようになると、下垂体にフィードバックがかかって、黄体形成ホルモン(LH)っていうのが、一瞬、大量に出る。(LHサージ)このLHサージっていうのがあってからおよそ36時間後に「排卵」する。

排卵したあと、卵胞を形成していた壁は、「黄体」に変化して、黄体ホルモン(プロゲステロン)を分泌するようになる。この黄体は、実際に目で見ても黄色い。そういえば、皮下脂肪もうっすらと黄色いんだけれど、どちらもコレステロールとか、コレステロール由来の化合物とかがいっぱい入っている(皮下脂肪でもわずかエストロゲンの合成がされている)からなんだろうねえ。

で、黄体がプロゲステロンを分泌している間、子宮の内膜は分泌期で維持されるんだけれど、このプロゲステロンが分泌をやめると、月経期になる。卵巣の周期では、この時期を「黄体期」って呼んでいる。

基礎体温っていうのを、月経が不調だったり、妊娠を希望されていたりすると測定してくださいね、ってお願いするのだけれど、毎朝、目が覚めてから、身体を動かしたりする前に、舌下で、小数点以下第二位までの体温を測定して、毎日の変動をグラフにしていくと、卵胞期…子宮内膜の増殖期は比較的低体温の時期があって、排卵の前に少し下がったりしたあと、黄体期…子宮内膜の分泌期には、わずか高温の時期がやってくる。ホルモンの分泌をいちいち測定するのも手間暇がかかるから、月経の周期がしっかりきているか、しっかり排卵しているかどうか、っていうのは、基礎体温がこの「低温期」と「高温期」できっちりわかれているかどうか、っていうことを目安にしている。だいたい、月経が始まると低温期になって、排卵が終わると高温期になる。

だから、黄体期ってのは子宮内膜の分泌期であって、基礎体温では高温期になる。こうした変化をどこで見て、なにを主体として観察しているか、っていうことで名称がかわるんだけれど、本当に面倒くさい。

https://www.meno-sg.net/health/life_career/1054/ こういうところに図があるけれど、だいたい月経をきっちり説明しようとすると、「エストロゲン」「プロゲステロン」「卵巣の周期」「子宮内膜の変化」「基礎体温」くらいの情報を時系列で並べる、っていう話になる。もう一声言うなら、ここに「FSH」「LH」なんてホルモンや、さらにその上流の「GnRH」なんてのを入れたグラフを書き込むことになるんだけれど、まあ良いことにしてもらおう。

上手いこと受精卵ができて…っていうのはだいたい月経周期の14日目ってことになるんだけれど、この「月経周期28日の女性は、月経のおよそ14日前に排卵している」っていうのを発見したのが、有名な荻野久作先生。え?誰?って思う?そうよねえ。でもさ。オギノ式って言ったら皆さんご存じでしょ。妊娠しやすい時期は排卵の時期、っていうのを考えるときのオギノ式の考案者です。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%BB%E9%87%8E%E4%B9%85%E4%BD%9C

卵胞期に卵胞が育っていって、周辺の細胞がエストロゲンを分泌する、っていうのを「がんばれ!」って指令だしているのがFSH(卵胞刺激ホルモン)で、排卵のタイミングを指示しているのがLH(黄体化ホルモン)。で、この二つのホルモン(まとめてゴナドトロピンって呼ばれる)の分泌の指令を出しているのがGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)ってことになる。

ちょっと更年期の話をするけれど、更年期になると、卵巣が、卵胞を作って、エストロゲンを分泌する、っていうのができなくなってくる。そうすると、下垂体には「十分にエストロゲンが分泌されてます」っていう情報が来なくなってしまうから、下垂体は「もっと頑張れ!」っていうことで、FSHやLHをもっと分泌するようになる。だから閉経していると、血中のFSHやLHが高くなるし、それが尿から排出されている。

昔、こういうホルモンがまだ合成できなかった時代には、修道院のトイレから尿を回収して、FSHやLHの混合したホルモン製剤を作っていた。(hMG製剤)http://www.jsrm.or.jp/document/funinshou_qa09.pdf 今は遺伝子組換えとかで作っているものが中心になってきているみたいだけれど。

このhMGとか、あるいはFSH製剤っていうのは、内服薬では消化されてしまうので、注射になる。で、注射すると、卵胞がどんどん育っていくのだけれど、そのままにしていると、生理的に「そろそろ良い感じになってきてまっせ」って話が、脳の下垂体とか、あるいは視床下部とかにも届く。で、「そろそろ良い感じなのね!じゃあせえの!でいっちゃいましょ!」っていう形でLHサージが起こる…と、排卵しちゃうのよ。

不妊治療の時には、排卵の直前くらいまで良い感じで育った卵子を回収したい。回収するには排卵の前が良い、ってことで、GnRHの類似物質(GnRHアナログ)をあわせて投与することで、このフィードバックの経路を止めて、LHサージが起こらないようにしている。

すげえ細かいことを言うと、アナログには「アゴニスト」ってのと「アンタゴニスト」ってのがあって、アゴニストってのは「その刺激をどんどん入れるタイプ」、アンタゴニストはその反対で「刺激を遮断するタイプ」になってる。刺激してたら駄目じゃん、って話になるんだけれど、刺激しすぎて、もう反応しない、っていう状態をつくるから、どちらも結果的には内因性のGnRHが作用しない状態に仕立て上げられる。この辺をどう使ってその仕立て上げを完成させるかで、ショート法とかロング法とかって呼び名がついている。

そうやって、内因性のLHサージは起こらないように押さえ込んでおいて、卵子を採取したい、タイミングの36時間くらい前に、LH製剤を注射すると、人工的にLHサージと同じ状態を作ることができて、そこからゆっくりクリニックにやってきて、採卵しようね、って話ができる。(ただね、36時間なのよ。36時間。24時間とか48時間ならさ。昼に採卵するのに、昼に注射したら良いんだけど。ねえ。ってことで、不妊治療クリニックでは採卵のちょっと前に夜の注射っていうのが仕事になっている。)

通常のFSHの血中濃度だと、成長する卵胞っていうのがいくつかあっても、その中の一番育ちが良いやつ、だけが排卵して、黄体になっていく。他の卵胞はある時「競争に負けた」っていうことを何らかの形で察知して、こっそり消えていくんだけれど、排卵誘発をすると、わりと二番手、三番手も頑張って排卵に向けた動きをする。多いと20個くらいの卵胞がそうやって育っていく。

これがまとめて黄体になると、プロゲステロンの分泌量がすごいことになって。プロゲステロンが分泌されると、血管透過性が亢進する、っていうんだけれど、血液の中から、漿液の成分が漏れ出してくることになる。で、間質組織がむくむわけだけれど、お腹の中に漏れ出すと腹水になる。さらに問題は、血液が濃くなるので、血栓のリスクが高くなるなんていうこともある。

これが卵巣過剰刺激症候群(OHSS)って呼ばれる病態だったりする。この状態で妊娠すると、かなりしんどいので、最近は、卵子を得る周期と、妊娠のための周期を別にするようになってきている。

まあ、こうやって卵胞を刺激して、大量に卵子を成熟させておいたものを、集めてくるのが、体外受精の時の採卵っていう方法になる。この方がいっぺんで沢山の卵子が集められるから、なんだけれど、まあ卵巣への刺激が生理的な状況とはだいぶ違うから、って言って、自然周期での採卵をやっている施設もある。ただ、自然周期だとたいていは1個の卵子になるから、採卵の負担が多くなるんだけれどねえ。

採卵してきた卵子と、精子をうまいこと出会わせたら、受精できれば、受精卵になる。これがいわゆる「体外受精」ってやつ。英語で言うとIVFってことになる。

この受精卵をしばらく育てて、良いタイミングで子宮の中に戻すのが胚移植。ここまでを組み合わせて、IVF-ETって言う。

IVF-ETについては、具体的にどんなことやっているのか、ってあちこちの施設が動画を作って患者さん向けに説明しているので、探して見て欲しい。

IVFの中には、もう一つ、顕微授精っていうのが入ってくることがある。これは、精子の状態が思わしくないとか、精子の数がとっても少ないとか、あるいは機能が低くて、とかっていうことで、受精卵が上手いことできない、あるいはできなさそう、っていうときに選択する方法ってことになっている。

顕微鏡で卵子と精子を観察しながら、それをなんとかしてくっつけようって、いろんな人たちがいろんな方法を考えた。卵子の壁を一部切り取ってみる、とかなんとか。

今は顕微授精っていうと、精子を1つ捕まえてきて、卵子の細胞質内にそのままぶすっ!!って突き刺して、その中に捕まえた精子を注入する、っていう方法が一般的になっていて、これをICSI(細胞質内精子注入法)って呼んでいる。イクシって発音するかな。こんなにがっつり刺激していても、大きな影響が無いんだ…っていうのは、ちょっと驚きかもしれない。

この体外受精胚移植(IVF-ET)ってのを安定した技術として開発したのはエドワーズ博士。2010年のノーベル賞を受賞している。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BBG%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%BA https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/3216/

受精卵はそれなりに安定して作ることができるようになってきたので、今の課題は「質の良い受精卵にするにはどうしたらよいか」とか、「受精卵がうまいこと着床するにはどうしたら良いか」みたいな話が研究の中心になりつつあるんだろうと思う。http://www.jsrm.or.jp/public/index.html 日本生殖医学会が一般向けに説明文書を公開しているので、良かったら参照してくださいね。

うっかり体外受精の話を一番最初に持ってきてしまったのだけれど、不妊治療は、だいたいはステップアップをしていく。

まずは女性が排卵しているかどうか、っていうのの確認と、卵管が閉塞していたりしないだろうか、っていうことなんだけれど、(その前にきっちり月経があるかどうか、って話もあったなあ…)その先としては、排卵のタイミングに性交渉をできるように指導する「タイミング法」。

次には排卵のタイミングで子宮の中に精子を注入する「人工授精」。

で、最近論文が出てきて、ちょっと否定され気味なんだけれど、およそ6回くらい人工授精を試みると、人工授精で妊娠する人はわりとそれまでに妊娠にいたるらしい。なので、それで妊娠しないカップルは体外受精を考えた方が良い、っていうのが今までの方針だった。最近「8回目までは人工授精による妊娠の可能性は変わらない」っていう報告が出て、現場はすこし揺れているのかもしれない。でもねえ。そこを待っていると、その分時間が過ぎるからねえ…っていうあたりからして、あまり一つの方法に固執しないで次にステップアップするのが必要なのかもしれない。

もう一つ、大事なことを書き忘れるところだった。「いつまで、不妊治療を続けるのか」って話。

これ、とっても難しい。専門の先生に伺ったことがあるんだけれど、ぜんぜん妊娠しないままで何度も、何度もIVF-ETを繰り返していると、なぜか、ある時ふと、妊娠することがあるんですって。で、それがひょっとすると、今回かもしれない、ってずーっと思う。だから「もう無理だと思うので、やめませんか」って言い出せない。だって、次がその妊娠のタイミングかもしれないから。

ってことで、一回始めた不妊治療、って、妊娠・出産に至ればまあそれは良かったね、ってことになるんだけれど、妊娠しない、とか、妊娠はするんだけれど流産、とかっていうのが続くと、じゃあ、この治療をいつまで続けるのか、って本当に大変な選択になってくる。

本当は、だから、最初に「何歳まで」とか「不妊治療をするのは何年間」とかって区切りをつけるのが良いのだろうと思う。大変なことなんだけれど。

そうじゃないと、「次こそ!」ってだらだらと続けるか、今までなら、自費診療だったから、不妊治療のお金が捻出できなくなるまで続ける、っていうようなことになってしまっていた。そこでお金がすっからかんになったら、妊娠出産してから育児、どうするの?って話にもなるんだけれど。ねえ。

https://www.bunkasha.co.jp/book/b88574.html 『不妊治療、やめました。』なんて本を出したカップルもあるけれど、諦めるってのも一つの選択肢になってくる。なかなか難しい話だけれど。