#22 子宮癌の話

nishi01

子宮癌の話を、まだしていなかったんですよねえ…。

子宮癌って、大きくわけると「子宮頸癌」と「子宮体癌」っていう二つくらいに分類される。

もちろん、実態はもうちょっとややこしくて、癌じゃない悪性腫瘍の「肉腫」なんていうのも子宮体部から出てきたりすることがあるし、なぜかそういうのが混ざった「癌肉腫」なんていうのも、まれに、ある。肉腫とか癌肉腫とかって、あまり世の中では聞かない言葉でしょう。産婦人科では子宮筋腫(良性腫瘍)の悪性腫瘍バージョンが肉腫、ってことになっているんだけれど、まあ、滅多にない。

めったにない、っていうのは、二つの意味があって。一つは、発症するひとがすごく少ないっていうこと。もう一つは、肉腫とか癌肉腫って、すごい勢いで病気が進んでいくから、発症してから、亡くなるまでがとっても短い。なので、「生きている患者さん」が本当に少ないことになる。

患者さんの数がそれなりにいらっしゃると、効果のある抗癌剤の組合せ、みたいなことをいろいろ研究できたりするんだけれど、抗癌剤を使っている間にもどんどん病気が進行して、じゃあ、次の抗癌剤だ…なんて言っている間に抗癌剤治療ができなくなるくらいに全身の状態が悪くなっていらっしゃる、なんてこともあったりして、結構つらいものがある。

やっぱり、どれだけ癌が「治る病気」になってきた、と言われても、それは「以前に比べたら、比較的」っていうことなんだよなあ、ってつくづく、思うくらいには、患者さんが亡くなっているのは間違いない。

さて、子宮頸癌っていうのは、感染症の話のときにちらっと書いたけれど、HPVっていうウイルスが慢性に感染していることで、細胞の癌化が始まるらしい。子宮の頸部っていうのは、まあ、腟の奥の部分ではあるんだけれど、お腹を切ったりとか、内視鏡を入れたりとかするよりは、まだ「近い」ところにあるから、癌の発生について、わりと詳細に観察された、らしい。

なんなら、産婦人科領域の研究でHeLa細胞っていうのを使うことがあるんだけれど、このHeLa細胞っていうのは、子宮癌の患者さんから採取して、培養し続けた細胞だ、って話が残っていて、しかも、実は採取して培養するときに、当時の患者さんから、同意を得ないままだった、とか、いろいろ問題があったらしい。(今は和解しているんだそうですけれど。https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v10/n11/HeLa%E7%B4%B0%E8%83%9E%E6%A0%AA%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E5%92%8C%E8%A7%A3%E3%81%B8%E3%81%AE%E9%81%93/48339

いや脱線した(いっつものことじゃん、って言われたらいっつものことですけど!)。

で、話題はHeLaじゃなくてHPVの話。ヒトパピローマウイルスっていうんだけれど、基本的にはイボを作るウイルス。で、悔しいことに、ヒトの免疫細胞が反応するところよりも微妙に外側に寄生しているらしい。これには亜種?っていうの?が山盛りあって、その中でもイボを作るやつと、尖圭コンジローマって、ニワトリのトサカみたいな病変をつくるやつと、それから、子宮頸癌(子宮頸癌だけじゃなくて、咽頭癌とかあるいは腟癌の一部もこれが原因らしいけれど)をつくるやつ、っていうのがあるらしい。

子宮頸癌は日本人若い女性の中ではわりと増えてきている、らしいけれど、うーん。このグラフなんか見ていると、そんなに増えているんだろうかねえ?って思ってしまう。https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/17_cervix_uteri.html#anchor1 世界的には、HPVワクチンっていうのが接種されるようになってから、前癌病変の出現も減少してきているらしく、今世紀中に排除可能、なんて言説も書いてある。https://www.jsog.or.jp/wp-content/uploads/files/jsogpolicy/HPV_Part3.pdf (子宮頸部腺癌にも18型のHPVが感染しているっていう報告があるので、これもひょっとすると、一緒に撲滅する…?のかもしれない。)https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002iywj-att/2r9852000002iz1x.pdf 京都大学の産婦人科で教授をなさっていた小西先生が、HPVのワクチンと、今後の子宮頸癌の見通し、なんて話を今までの治療の歴史とあわせて書いてくださっていた。こういうのあれば、にしむらの文章いらないんじゃねえの?って思うけれど…。

ワクチンの接種をしっかりしようぜ、って話になってきているのは、まあなんとか理解した、として。いや、一時期「ワクチンの副反応」みたいな騒ぎあったでしょ。あれどうなったのよ?って話になるよねえ。「名古屋スタディ」って呼ばれてるんだけれどさ。最近ちょっと調べてみたら「名古屋スタディなんて存在しなかった」みたいな主張している社会学者?の論文まであって、ちょっとさすがに情報が錯綜しすぎている気がする。

ワクチン接種後の疼痛とかってのは、時々あるし、コロナワクチンの時にも、「あれのせいで腕が上がらなくなった」とかっておっしゃる方があったけれど、それは、五十肩ぎりぎりの状態で、三角筋に注射して、そこが動かせなくなったら、そりゃ、腕上がらなくなるよねえ、って話で。ワクチンのせいだ!って言えば、たしかにワクチンが引き金にはなっているんだけれど、それよりも、もともと上がりづらいところを無理してたでしょ、みたいな話は診たことがある。

採血の時に針が神経に触れるとか、硬膜外麻酔の時に、とか、っていうのがあると、それで一時的にしびれが出てくることもあるけれど、似たような感じで、運悪く神経の近くに針が入ってしまうってことはあるだろう(なるべく、そういう大きな神経が走っていないところを接種部位にはしているのだけれど)から、その後のケアってのがとても大事になってくるのは確かなんだけれど、「これがワクチンの後遺症です!」って言われている症状、実は、ワクチン接種するよりも前の時代から、小児科では時々見受けられる神経失調、ってのが含まれているらしい、ってのと、その発症割合が、ワクチンの導入前後で変わらない、っていうことで、後遺症って話はだいぶ下火になった。

私が医者をしていた時は、ちょうどワクチンが導入される前後だったから、まだまだ子宮頸癌の患者さんも多くいらっしゃって、HPVの感染が引き起こしているのよね、みたいな話になっていた。

HPVの感染は、だいたいは性交渉によって引き起こされる、って話なんだけれど、いちど進行癌で手術をした方は、今までに性交渉された経験がない、っておっしゃっていて、いやびっくり。手術検体から検査してみると、HPVが陽性だったのを確認したから、感染の経路がどこからだったのか、不思議だねえ、って話をしたこともある。見えないウイルスだから、「あ!いま感染した!」みたいなことは起こらなくて、本当にどこで感染したんだろうねえ…って今でもナゾのままだと思う。

感染症だから、やっぱり奔放な人に多いんでしょ、みたいな誤解もあるんだけれど、そりゃ、今までに接触(意味深)した相手の数が多ければ、リスクはどんどん高くなる、のは、間違いないけれど、「パートナーは今までにひとりです」っていう方がわりと子宮頸癌とか前癌病変とか、っていう形で治療を受けていてもいらっしゃるので、その辺は、決して「奔放な人」に限定されるようなものでもない(パートナーの、パートナーがたくさんいらっしゃる、みたいなことはあるのかもしれない…って疑惑はあるのだけれど、こちらも、たくさん、じゃなくたって、ハイリスクのHPVを持っているひととの出会いがあれば陽性になるからねえ)。

で。HPVの感染が10年くらいのスパンで、前癌病変を作り上げていく、らしい。場合によっては、ハイリスクHPVが感染していても、そのうち排除されて、前癌病変のうちでも軽度異型性くらいだったら、いつの間にかなくなってました、すでに異常はありません、みたいなこともある。

子宮頸癌の検診は、20歳以上の女性、2年に1回は自治体がクーポンを配布しているので、受診して欲しいのだけれど、日本の子宮頸癌検診は受診率が45−55%なんだって。これで低い、らしいのよ。じゃあどのくらいになったら良いの?って話をすると、イギリスが、なんと85%以上の受診率を実現しているんだって。で、そのくらい受診率が高くなると、浸潤癌になる前に異常を指摘されて、精査されたり、治療をされたりするので、浸潤癌の発生率が急激に減少する、って話がある。だから子宮癌検診、大事。

子宮癌とその前癌病変の治療についても、わりとあちこちに載っているので見てもらいたい。例えばここhttps://www.shikyukeigan-yobo.jp/treatments/ 。産婦人科医は外科系の医者なので、手術をお薦めすることが多い。もちろんある程度進行してしまうと、手術が難しくなるから、放射線治療とか、抗癌剤治療を組み合わせた治療をすることになるんだけれど。

前癌病変だったら、「円錐切除」っていうのが一般的な方法になる。これは治療だけじゃなくて、診断にも役に立つし、子宮は残しておけるから、その後も妊娠出産はじゅうぶん可能。子宮頸管の一部を切除するから、子宮口が開きやすくなったりすることが懸念されるので、切迫流産とか切迫早産には注意が必要なんだけれど。

ある程度進行してくると、子宮をまるごと全部とってしまうことが推奨されていて、「単純子宮全摘術」とか「広汎子宮全摘術」とかって術式をとることがある。ただ、子宮頸癌って、ずっと書いているけれど、子宮頸部の病変なんだよね。だから、うまいことすれば、子宮体部は残すことができるかもしれない、そうすれば、妊娠出産もできるんじゃないの?って話で広汎子宮頸部切除術、っていう変態みたいな手術も開発されてきた。ただし、円錐切除の比じゃないくらいに子宮頸部を切除すると、本当に子宮口を支える構造がないので、その後妊娠しても流産するとか、いろいろ大変だったりする。大変なんだけれど、妊娠出産の可能性が「まったくゼロ」じゃ、ない、っていう形で、治療を頑張って、その後に子どもも欲しいよねえ、って思いを、多少は受け止めることができるようになってきている(とはいえ、本当に、ほんとうに大変な妊娠経過になるので、手術しない状態で妊娠出産ができるにこしたことはない)。

子宮癌検診は、一応、そんな感じで、半分ちかくの方が受診されていないままになっている。一生懸命あの手この手で受診率を上げよう、って働きかけはしているんだけれど、なかなか上がらないのが実状。そりゃ産婦人科、敷居が高いものねえ。

ってことで、妊娠してはじめて産婦人科を受診するひとも少なくない。妊娠初期には、いろいろな感染症の検査とあわせて、子宮頸癌の検診をする。妊婦さんだと、強くこすると出血しやすくなっていたりするから、これは検診じゃなくて、産婦人科の外来で受けてもらうのだけれど、まれに、ここで進行癌が見つかることがある。

癌検診の結果が異常だった、ってなったときに、「その後どうしようか?」ってのは、癌の進み具合によって、ぜんぜん違ってくる。一番穏当な方針は「まあ、妊娠中の期間くらいなら、このまま放置していてもさほど問題にはならないでしょ」ってくらいの異常で、そのまま妊娠出産を見ていられる場合。ただし、一番悲しくて、つらいのは、妊娠中にこの癌が進行したら、お母さんもいのちの危険がある、っていう場合。さすがに妊娠したまま、子宮頸部だけ切除する、ってのはできないから、妊娠した子宮ごと切除したりする。主治医の先生、泣きながら手術の報告をされていたのを覚えているけれど、本当につらい。

前癌病変の円錐切除をして、その後「しばらく経過観察に通ってくださいね」って言われていたけれど…って5年ぶりに「出血があって…」っていらっしゃった方もあった。すでに進行癌に育っていたので、広汎子宮全摘術をやった記憶がある。

広汎子宮全摘術は、骨盤あたりの神経叢近くを切除するので、膀胱の働きがすごく、悪くなる。術後に一生懸命排尿の訓練をするのだけれど、どうしても残尿が残る、とか、そういう方には、自分でカテーテルを入れて排尿してもらうようにするとか、いろいろ大変なことがある。あとは、術後追加治療で放射線をあてると、リンパ管炎とかリンパ浮腫を起こす。癌は治療できたんだけれど、その後足がパンパンに膨れ上がって、左右の差もあるから、靴が履けなくて、なんていう方もいらっしゃる。最近は、こうしたリンパ浮腫をどうやってケアしていくのか、みたいなノウハウも蓄積されてきたみたいだし、昔ほど下肢の浮腫の強い方は見なくなってきたけれど。

子宮体癌は、これも最近、増えてきている、らしい。体癌はもっぱらエストロゲン依存の癌なので、妊娠出産経験が無いとか、閉経年齢が高い(そのぶん、月経の回数が多いから、エストロゲンへの暴露が多くなっている)、あるいは肥満(皮下脂肪からのエストロゲン分泌が理由??)とかがリスク因子としては挙げられている。

子宮体癌は「まずは手術」ってことになっていて、子宮全摘術を行うことが一般的。ときどき子宮頸部に病変が広がっていると、広汎子宮全摘術が必要になるんだけれど、あまり多くない。子宮壁への浸潤の深さによって病期が違うので、どのくらい深く浸潤しているか、とか、あるいは、組織型がどんなのか、っていうのを判定して、術後に補助化学療法を行うことが一般的。放射線治療はあまり効かない、ってことになっている。

子宮体癌は閉経されてからの方が多い印象。閉経後の不正出血って形で出てくるので、やっぱり不正出血が見られるときには、一度は産婦人科を受診して欲しいと思う。

子宮頸癌も初期に不正出血を自覚して、細胞診で異常、っていう方が結構多い。まあ初期だと、そんなにあからさまに出血が増えるわけでもないのだけれど、良いきっかけにはなるから、不正出血があったら、癌の検診うけておいてくださいね、って話にはなる。

体癌は、昔は検診があったんだけれど、リスクやコストの割に、あまり見つけられない(偽陰性が多い)とか、あとは予後の改善につながらない、とかっていう事情があったのか、今は検診の対象疾患にはなっていない。経腟エコーが結構よく見えるので、子宮内膜が異常に分厚くなっている、とかっていうところを見つけて、癌になっていないかどうか、って検査をするようになったから、ってのは大きいとは思う。

乳癌の治療を受けていると、子宮体癌の発生リスクが高くなる場合があるので、乳腺外科の先生で、よくご存じの先生は婦人科の受診を薦めてくださるんだけれど、これも外科の先生によってちょっと違う。

そういえば、ご高齢の女性で、乳癌の治療をずっと続けておられた方が、不正出血(高齢女性の不正出血は、性器からなのか、下血なのか、っていうのも判定が難しかったりする)で、CT撮影したら、子宮の中に血液が溜まっている状態だった、ってこともあった。その後いろいろ頑張って調べたんだけれど、まあ、一番考えられるのが、乳癌の治療薬だった、っていうことで、それをやめてもらったんだったかな。子宮体癌ではなかった、って結論だったように記憶している。

本当に高齢者にも癌が見つかるようになって、じゃあ、いつまでそういう癌を治療するのか、って、すごく困ることになる。子宮頸癌の検診にいらっしゃる方には「癌が見つかった、っていったら、手術しよう、って思える間は受診してくださいね」って説明をしているんだけれど、この辺もなかなか難しい。

子宮癌(頸癌でも体癌でも)の場合、病状が進行してくると、性器出血が結構みられるようになるから、その点だけでも、ひとまず、外に出血が出てくるのをなんとか…って意味で手術したり、放射線あてたり、っていうこともある。

超高齢者の抗癌剤治療については、少しずつ知見が重なってきているところだけれど、まあ、あまり積極的な治療をしないで…って話も結構あったりする。あとはホスピスみたいなところに転院してもらうことが多いのかな。ホスピスも結構混んでいて、待ちも多かったりするから、一度在宅へ、なんて方も結構いらっしゃるみたい。

子宮頸癌の初期の場合には「光線力学療法」(PDT)なんてのもあって、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jslsm/33/2/33_136/_pdf

光線力学療法(PDT)について – 公益財団法人 佐々木研究所附属 杏雲堂病院

ごくごく珍しい治療法ではあるんだけれど、手術でも、放射線照射でもない方法ってことになっている。なかなか広がらないまま、長年経過しているんだけれど、それなりに効果はあるんだろうな、と思うと、選択肢として残り続けて欲しいと思う。