#18 子宮筋腫について書いてみる

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辻本先生の意向をおたずねしたら、ここのエッセイで、婦人科の疾患について網羅してほしい、って言われてしまったのでした。いや、ねえ。そんな。さあ。

ほら。一般的な疾患の紹介とか説明って、あちこちにあるじゃないですか。そういうので良いよねえ?…って言いながら、そうか。じゃあ何か書いてみるか…って思っているわけです。

実は前も書いたような記憶があるのですけれど、看護学校というところで講義をしていて、学生さんたちに産婦人科の病気とその治療について喋っているわけ。で。最近の学生さんたち、ほとんど何考えているのか…っていうくらい、反応が無いのよ。ちょっと寂しい。講義のコマ数もそんなに多くないから、それぞれの疾患について、名前と、症状と、ざっと治療法を紹介して、はい!次!ってことになってしまう。

で、婦人科の中で一番多い?疾患?っていうことで、「子宮筋腫」ってのについて、書くことが必要なんだろうと思う。

ところで、グーグル先生に聞いてみたら、いちばん最初に日本婦人科腫瘍学会というところのWebサイトがあがってきた。こういうの、なんか専門の学会のWebサイトにたどり着くとちょっとホッとする。時々あるのが、製薬企業の疾患紹介サイトとか、地方自治体とか、あるいは「どうして?」っていう別分野の専門家が書いているものとかだったりして、それはそれで、悩ましい。学会がきっちり広報活動をできていない、ってことになるんだろう。

子宮筋腫 | 公益社団法人 日本婦人科腫瘍学会
日本婦人科腫瘍学会「子宮筋腫」ページです。婦人科腫瘍学に関する情報を市民の皆さまへ提供しています。本会は学術団体として婦人科腫瘍学の進歩・発展をはかると同時に、会員以外の一般の方にも婦人科腫瘍に関する...

 

子宮筋腫ってのがなぜ出てくるのか、っていうのは、結構難しい。まあ、なんらかの理由で、子宮の筋肉を構成している細胞の一部(に近いもの)がその場所で増殖してしまった、ってことなんだろうと思う。周りが筋肉の細胞で、結構圧がかかっているんだろうと思うのだけれど、この筋肉の中にできる、筋肉由来の腫瘍(つまり子宮筋腫のことだが)、わりと「まんまる」に近いことが多い気がする。

もちろん、腫瘍になって増殖する筋肉細胞も子宮の外側にあったり(茎で子宮とつながっている形になる…有茎性漿膜下筋腫と呼ばれる)、子宮筋層のぎりぎり外だったり(漿膜の下に発育し、漿膜下筋腫と呼ばれる)、筋層のど真ん中あたりだったり(まんまるく育つ。筋層内筋腫って呼ばれる)、あるいは子宮の内膜に近いところに出てきたり(粘膜下筋腫って呼ばれる。これがいちばん過多月経を引き起こす原因になる)、さらには子宮の中に突出してみたり(粘膜下筋腫なのだけれど、有茎性で、時々子宮から出てきて「筋腫分娩」なんて状況を作り出すこともある)。

人によっては、筋腫の数が一個だけ、っていうこともあるし、複数個っていうこともある。大学で研修していたときに、多発筋腫の数を数えていたのだけれど、大小取り混ぜて60個を超えていたものを大きさの順に並べて記録の写真を撮影したりしていた。

筋腫の大きさって言うのも、本当に様々で、小さいものは米粒くらいか、もう一回り小さいものもある。そういうのは、基本的に「今現在」は悪さをしないので、それだけのために手術なんてことはまったくナンセンスなんだけれど、多発子宮筋腫の筋腫を取り除く手術の時には、こういうタネみたいなのを残すと、あとでぐいぐい成長して、せっかく手術したのに、また筋腫が出てきた…ってな状況になったりする。それはそれで、いろいろ悲しいから、できる限り見つけ出して、切除してくる、っていうことになる。

結構グロテスクなのでご覧になるのは注意していただきたいけれど、トロント大学が様々な手術の動画を撮影して、きちんと解説を入れる形で公開してくださっている。これは腹腔鏡手術で、子宮筋腫を切除(核出)する様子を記録したもの。

Laparoscopic Myomectomy - TVASurg - The Toronto Video Atlas of Surgery
The patient is a 32 year-old female with a 10 cm fundal intramural uterine fibroid. A laparoscopic m...

 

子宮筋腫は筋肉の細胞なんだけれど、形といい、弾力性と言い、だいたいソフトボールみたいな感じ、に触れることが多い。真っ白なのは、筋肉組織としてどうなんだろうか?って思うのだけれど、そういえば、ホタテの貝柱も筋肉の組織だけれど真っ白だったし、まあ良いんだろうと思うことにする。

子宮筋腫、っていうのは、まあそうやってそれなりにどんどん大きくなってくる腫瘍なんだけれど、癌(あるいは悪性腫瘍)とは違って、転移したり、浸潤したり、ってことが無い。

なので、まあ、特に症状がなければ放置していても良い…って話もあるのだけれど、ある程度大きくなってくると、お腹の中もそれなりに混んでくるので、いろいろな症状が出てくる。

たとえば、便秘してくるとか、お腹が飛び出してくるとか。あるいは、膀胱のところを圧迫して、頻尿になったりとか、あるいは変な形で膀胱が伸びてしまって排尿に問題が出てくるとか。

いやそれよりも前に、もっと婦人科的な症状いっぱい出てくるでしょ!ってツッコミが入った。筋腫の場所によるのだけれど、子宮内膜に近いところに筋腫が顔を出していると、月経の量が多くなる。いわゆる過多月経の訴えで受診されて、「ああ。筋腫がありますねえ」っていうケースがとても多い。

子宮筋腫は、エストロゲンの暴露によって成長するところが大いにあるらしく、偽閉経療法を行うことで少し小さくなることが知られている。あるいは、更年期に入っておられる方なら、そのまま閉経で逃げ切る、ってことも考える。

閉経すると、少し小さくなる。どのくらい?って聞かれたら、まあダイコンがタクアンになるくらいには小さくなる、って説明している。水分が抜けて…じゃないんだけれど、ある程度変性して、ちょっと小さくなる、くらい。消えてなくなるわけじゃないから、ある程度よりも大きいものについては、手術で取りましょうか、っていう話をすることも多い。

手術のやり方としてはざっくり2つの方向がある。

1つは、子宮筋腫だけを切り取って、子宮を残そうというもの。いわゆる子宮筋腫核出術って呼ばれる術式で、動画はまさにそういう手術をやっている。これは、畑の雑草を抜いてしまいましょう、というコンセプトに近い。手術をすることで、畑=子宮の状態が改善しますので、しばらくその良い状態が続きますように…(あるいはそのタイミングで妊娠出産を考えましょう)っていう方針。

もうひとつは、畑ごと全部やめてしまいましょう!っていう乱暴な方針で、子宮全摘術っていう、子宮をまるごと取ってしまう、という方向性。畑が残っていると、また雑草が増えてくる可能性があるけれど、こっちなら、もう、絶対畑に雑草、って話はなくなるよ。っていう意味では、とっても強い。妊娠出産はできなくなるから、妊娠出産を考慮する年齢ではなかなか選べないし、選ばない。もうちょっと年齢が上がって、かつ、閉経までの間の方が多い。

子宮を取ってしまったら、更年期の症状とかってのは出てくるの?って部分が気になるかもしれないけれど、更年期障害の原因になる、エストロゲンやプロゲステロンの分泌は、ほとんどが卵巣からされているので、子宮を切除しても、卵巣が残っていれば、手術が理由での更年期障害は出現しにくい。

とはいっても少し(卵巣と子宮の間の)血管を切断したりするから微妙に影響があったんじゃないか…?って思うことは多少なり、あったりする。で、子宮がなくなってしまうと、月経が無いので、今度は本当の更年期とか閉経がいつ頃になるのか、ってのがわからない。

月経はないけれど、卵巣が働いている間は閉経と呼ばない、っていうルールなので。こういう場合は更年期の症状がでてきたり、あるいはそれなりのお年頃になったときに他のホルモンの値を測定して、更年期でしょうねえ、とか、閉経されていますねえ、とかっていう話をすることになる。

まあ子宮筋腫の話になるとどうしても手術の話が出てくる。細かい、手術中の出血を減らすための工夫、みたいな話もあるのだけれど、それは技術的な話にしかならんので割愛するね。

手術の良いところは筋腫が切除できること。

手術の悪いところは、子宮筋層に傷ができるので、出産の時には帝王切開がお薦めされる、ということ。

もちろん、子宮筋腫の場所によっては妊娠の邪魔になっていることが結構ある…?かもしれないので、不妊治療なんかをする時に、子宮筋腫を取ってからにしましょう、って話もあったりする。この辺は結構むずかしくって。「手術しようか…」って日程を組んでいる最中に「センセ、月経が来ない…」とかっていう事で来院されて、診察すると、子宮筋腫と子宮筋腫の間に赤ちゃんがいた、なんてこともあったりする。お産の時、この筋腫が邪魔じゃないの?みたいなこともあるのだけれど…この辺は本当にあとは経過によって対応が違う、ってことになる。

じゃあ、今すぐに手術、とは言わないのだけれど、この筋腫による過多月経とか、あるいはそれに関連して生理痛がきついとか、貧血があるとか、ともかくどうにかならんの?ってことがあるよねえ。で、そういう時に使う治療法が、ホルモン治療だったりする。もちろん、そういうのは無しで、ひたすら対症療法、っていうと、過多月経そのものを止めることはできないから、貧血に対して鉄剤を内服してもらうとか、痛みに対しては鎮痛剤を処方するとか、そういう話になってくるんだけれど。

ホルモン剤としては、低用量ピルっていうのが、それなりに子宮内膜の増殖をおさえたり、あるいは筋腫の増大をおさえたり、っていうことで用いられる。あるいは黄体ホルモン製剤を同じような目的で使ったりする。

(あらためて確認したけれど、低用量ピル(あるいはLEP製剤と呼ぶ)の適応病名は「過多月経」じゃなくて「月経困難症」だった。なので、月経困難症がなくて、月経の量だけ多い、っていうときには厳密にいうと適応にならない。ミレーナっていう、子宮内に挿入しておくシステム…5年有効…があるのだけれど、これが月経困難症と過多月経の適応を持っている。)

あとは偽閉経療法ってのがわりと有効。なんだけれど、偽閉経療法は良性疾患の時には6ヶ月を上限とするのよね(長期間連続で使用すると、エストロゲンの分泌が抑制されてしまって、その問題が出てくる…骨粗鬆症とか)。まあ、6ヶ月やって、6ヶ月休んで、また6ヶ月、っていうのは許容されているので、そうやってだましだまし、っていうこともある。いつまで?って言われると、閉経するか、手術するまで、ってことになるから、これも年齢との相談って話なんだけれど。

過多月経での貧血って、結構馬鹿にならない、というか、「女性は月経があるので、貧血がデフォルトであると思え」くらいの勢いで、皆さん貧血になっている。

月経で出血した分を補うだけ、鉄分を摂取できたら良いのだけれど、そもそもヒトは鉄の代謝について考えると、吸収の効率が悪いの。鉄の代謝異常ってのも医学部で勉強するんだけれど、https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/99/6/99_1173/_pdf 実は、鉄の過剰になると、もっと大変なんだけれど、治療法が「瀉血」だったりする。

つまり、鉄が身体から喪失するためには出血じゃないとならない(あとは体内で使われていた鉄はひたすらリサイクルされている)ってことと、鉄剤、っていって処方されて、一生懸命内服して、お腹が痛くなったり重たくなったり、あるいは便秘したり、っていう不調をこらえているけれど、そのほとんどは吸収されていなくて、便となって出てくる(だから便が真っ黒になって、これは血便と勘違いすることもある。私も大学病院で「真っ黒な便が!」って大騒ぎに巻き込まれた思い出がある)。

そんなに月経で鉄を消耗しているの?ってびっくりするかもしれないけれど、毎月ちょっとずつ、鉄の収支として赤字が続いていると、だんだん貧血が進むのよ。成人男性のヘモグロビンの値の基準値が13.6から18.3g/dLで女性は少し低めの11.2から15.2g/dLって基準になっているのだけれど、採血すると10g/dL前後の女性も珍しくない。昔、子宮筋腫と慢性の貧血っていうことでやってきて、緊急入院された方は、ヘモグロビン値が5g/dLとか、そういう数字だった。それで平気なの?って話になるけれど、徐々に下がっていくと、ある程度順応するみたい。高地トレーニング(とは逆だけれど)みたいなものなんだろうねえ。

ちなみに、男性の場合、貧血が進んでいると、だいたいはどこかに出血している病変がある、って話になる。大腸癌なんかが疑われるのでしっかり検査してくださいね、って話。もちろん、まれに、摂取不足もあるんだろうけれど。

鉄の不足は、必ずしも貧血の話だけじゃなくて、たとえば産後うつとの関係性が指摘されるようになっているのだけれど、http://www.jsog-oj.jp/detailAM.php?-DB=jsog&-LAYOUT=am&-recid=38845&-action=browse それだけじゃなくて、漢方やってた先生が「鉄欠乏女子」略して「テケジョ」って言って、食事から鉄をしっかり摂取したら体調不良が改善するよ、ってPRしてる。https://www.dr-okudaira.com/guide これを見ていると、蛋白質と鉄をしっかり摂取したらどんな病気でも治るのか…?くらいのいきおいで書いてあって、実際にそういうケースもあるんだろうな、とは思う。

あれも、これも、って書いてあるけれど、それは実は鉄欠乏が原因で、「あれ」とか「これ」に見間違えてた、っていうことなんだろうな、って思っているので、本当に「あれ」や「これ」の状況のひとが全て、食生活の改善で問題が消失、ってことじゃないんだろうとは思うけれど、試してみる値打ちはあるよねえ。くらいの話になってる。

で、そんなこんなの中に、漢方薬が入る余地があるんだろうか…って話には、なってくるのよねえ。たとえば子宮筋腫が腸を圧迫していて便秘のひとに下剤作用のある漢方薬を使う、なんてことは、それなりにやったりするけれど、本当に焼け石に水、って感じがする。保存的に…って言ってる間になんとかなった、って話が野口整体の中にでてくるのだけれど、あれは出血が続いているところで、様子をみていたら、筋腫がそのまま取れて、筋腫分娩になった、っていう話だった。筋腫分娩も、かなり出血が続くので、いろいろ大変だったりする。

いろいろ考えると、症状の強い子宮筋腫はどこかで手術、って話になることが多くて。だから婦人科では手術って話になると、子宮筋腫ってのがわりと多い。それだけ多いから、なんなら、世の中の女性の半分くらいは子宮筋腫持っているんじゃないか?くらいに勘違いするけれど、実際に世の中の女性をみんな検査させてもらったわけじゃないし、症状が強いと積極的に婦人科に受診するようになるから、まあ選択バイアスがあるんだろうな、って思う。

子宮筋腫は、私の若いころは握り拳より大きなものがあれば手術、って書いてある本があったけれど、「それより大きくても、まあ症状がなければ様子見ることもある」って書いてあって、そうか…症状しだいか、っておもっていたんだけれど、やっぱり大きな筋腫なんかは、手術で切除しておいた方がよかったりする。

緊急手術の対象になることは滅多にないんだけれど、筋腫の表面にはわりと発達した血管があって、なんらかの理由でそれが破れると、出血し続ける形になるのよ。特に有茎性の漿膜下筋腫なんかは、茎付近で捻れたりしたときに、血管が破断しやすいんじゃないかなあ。で、こういう血管が破断すると、止血する方法が無いから、お腹の中に出血が少しずつだけれど、持続する。勢いはそんなに強くなくても、そのままずーっと出血していると、本当に出血性ショックに陥るので。これは大変だった記憶がある。

もう一人、わりと長いこと手術の希望がなくて、そのまま頑張って手術せずに経過を見ていた方があったのだけれど、いろいろ症状が強くなってきて、とうとう、手術しましょう、って話になった方があった。この方、終わってからしばらくして、「なんでもっと早くに手術しなかったんだろう」って外来でおっしゃってたので、いろいろ大変だったのが、ずいぶんと楽になられたんだろうな、って思っている。

良い話ばっかりでなくて、手術ってやっぱり怖いこともあって。ごく稀なことだけれど、全身麻酔の手術で術後に亡くなる方があるのも事実(子宮筋腫の手術の場合は死亡率が0.02%って書いてあるところがあったので、ごくごくまれな話ではあるんだけれど)。やっぱり「良い手術なら、もう、あらゆる人に受けてもらおう」とかって話じゃなくて、手術にもリスクがあるから、そのリスクをとっても、メリットが大きいかどうか、ってのを一生懸命考えて判断しようね、って話になっている。