#12 産婦人科の対象となる疾患

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いったい、にしむらセンセはどのくらいの話をする予定なのか…みたいな、概観ってのをやった方がよかったのかしら。ってことでいまさらなんだけれど、産婦人科の対象となる疾患?産婦人科の専門領域?みたいなものの概観をやってみることにしよう。まあ公式には学会がそういう一般向けの広報やってるんだけど。https://www.jsog.or.jp/citizen/375/ 産婦人科学会、一般の皆様へ。


産婦人科、って大きくは女性特有の状態や疾患を対象にしているのだけれど、じつは乳房とか乳癌についてはあまり触れていない。

乳癌は乳腺外科が専門になるので、産婦人科じゃなくて、外科、ってことになっている(https://www.jbcs.gr.jp/ 乳癌学会)。ただし、産後、授乳中の乳腺炎なんかは産婦人科で診ることが多い…ややこしいなあ、おい。とは言っても、乳腺炎はおもに助産師さんの領域になるから、乳房マッサージして、授乳の姿勢や体勢を指導して、しっかり赤ちゃんが乳頭をくわえられるように…みたいなことになる。

だもんで、産婦人科医の守備範囲はざっくり「臍から下」ってことになる。わたし(にしむら)は漢方の診療をやっているので、臍から下、以外の症状にも対応したりする、こともあるんだけれど、やっぱり臍より上の話は微妙に苦手なことが多い。

産婦人科、ってのは、産科ってのと婦人科、ってのとがふたつ、くっついた形の診療科になっている。産科の方は、まあ妊娠と出産がらみの話。婦人科の方は、それ以外の、女性の外陰部や子宮、卵巣に関係する話ってことになる。どちらかというと、外科系で、手術をどうしようか、みたいな話がメインになる部門だと思ってもらっていい。お産と手術?ってあたりが多少気になるのだけれど、まあ帝王切開とか、ね。ってことで無理矢理納得しておいてほしい。

 

産婦人科の診療や研究には大きく4つくらいの部門があって、https://www.jsog-tobira.jp/tobira/subspecialty それぞれ「腫瘍https://jsgo.or.jp/ )」「周産期https://www.jspnm.jp/ )」「生殖内分泌http://jsre.umin.jp/index.html )」「女性のヘルスケアhttps://www.jmwh.jp/ )」っていうような形に分かれている。なんか分かれ方がずいぶん不自然じゃねえの?とか、その分かれ方で分量は等分されてるの?とか、いろいろツッコミどころはあるんだろうと思う。

周産期、って言ってるのに、妊娠の初期から専門で引き受けてたりする?みたいな話(周産期の医学的な定義は妊娠22週以降、産後7日目まで)もあって、そういえば、とある大学の周産期医療部門に妊娠18週くらいの妊婦さんを紹介しようと思ったら「私たちの部署は妊娠22週以降しかお引き受けしません」ってにべもないお返事をもらったこともあった…そういうときは、横に「宛先うちだけど、ウチの範囲とちょっと違うから…」くらいの話して回してくれよ、って思った。


腫瘍
のところはなにやってるか?っていうと、主に癌の診療と研究。腫瘍ってったって、良性腫瘍だってあるでしょ。子宮筋腫とか、卵巣嚢腫とか、って話なんだけれど、あまりそういうものは研究の対象になっていない。研究資金が集まらないのかなあ。婦人科でわりとよくあるのは、子宮頸癌と子宮体癌、それから、卵巣癌なんか。最近は本庶先生がノーベル賞をとった、PD-1阻害薬(オプジーボⓇ)ってのが産婦人科関連の悪性腫瘍でも有効、って話がでてきて、そういう研究をやってたりする。

子宮頸癌の話は、ここ数年、話題になっているのだけれど、ヒトパピローマウイルス(HPV)っていうのが、子宮頸癌を引き起こす原因って言われている。HPVじたいは、200種類くらいあって、それぞれ、イボの原因になってみたり、あるいはコンジローマの原因になってみたり、っていうのもあるのだけれど、その中でも癌を引き起こすことになりやすい、っていうのが、特に2種類あって。それの感染をワクチンで防ごう、っていう話がでてきてたんだけれど、ワクチンの副反応で…ってマスコミが大騒ぎして、そのワクチンの接種率が極端に低下したとか、そういう話題もあった。

あとは、子宮癌健診の受診率がげんざいの日本では50%くらいなんだけれど、これが85%くらいに高くなってくると、やっぱり進行癌に成前に発見して経過観察しながら治療ができる、っていう状況になるらしい。ウイルスや細菌が癌の原因になる、っていうのは、肝臓癌(B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルス)とか、胃癌(ヘリコバクターピロリ)とかが他にも知られているけれど、こういう癌は感染を防ぐことでだんだん減ってくる…のかもしれない。

子宮体癌はエストロゲンが発癌の因子に関わっているとされていて、すこし増えてきているみたい。だいたいは閉経後に性器出血があって、子宮内膜が分厚くなってきて、そこを検査すると癌細胞が出てきて…みたいな話が多いのかなあ。体癌の癌検診は、以前は公費が入って実行されていたんだけれど、偽陰性が多いとか、コストとリスクに対して、メリットが少ないとか、そういう理由があったみたいで、今は実施されていない。もちろん、疑いがある時には検査するんだけれど、まれに、検査で子宮の中に器具を入れると、そこから菌が入って骨盤腹膜炎を起こしたりすることもある。

卵巣癌はねえ。いろいろ難しいのよ。不妊治療を受けていた方が、その後まもなくして卵巣癌を発症した、なんて話から「不妊治療中に観察してたはずなのに、見落とした!」って裁判があったりした。いろいろ調べると、最短で1ヶ月前に観察していて異常なし、だったところに癌が急に広がってくる、みたいなこともあるらしい(癌の種類によるのだけれど)。なので、癌検診は意味がない、って言われてた。

昔は卵巣癌が見つかると本当に経過がわるかったのだけれど、抗癌剤が出現してきてから、少しマシになった。とはいえ、抗癌剤を使ってある程度の時間は稼げるようになった一方で、癌はだんだん抗癌剤があっても増殖するようになってくるから、そういう再発を繰り返している中で抗癌剤が効かなくなって、癌の勢いに負けていく、ということになるのも少なくない。早期発見!って言いたいけれど、癌を疑うような特異的な症状ってほとんど無いから、ねえ。

周産期部門は、妊婦さんの健診と、お産に関連することをいろいろやってるわけで、研究としては、「妊娠高血圧症候群」とかが割と大きなテーマになっていたりする。私のいた大学院ではやっていなかったけれど、胎児治療とか、胎児鏡なんかも周産期の大きな話題ではあるから、妊娠中の赤ちゃんの異常をどのくらい見つけて、妊娠中に治療できるのか、それとも出産させた方が良いのか、みたいな話とかもあったりする。

診療としては妊娠中の異常があればだいたいは周産期部門とか産科部門って呼ばれるところが対応するわけで、つわり、なんかから始まって、切迫流産とか流産とか、切迫早産とか早産とか、あるいは妊娠高血圧症候群とか、ってのがわりと頻度が高い病名になる。

妊娠じたいは病気ではないのだけれど、いろいろ体調の変化もでてくるし、お産に向けての指導なんかも大事だったりするんだけれど、お産については、あまり学問として完成しているとは言えないんじゃないかなあ、って私は個人的には思っている。まだまだ研究の余地があるというか、文字にされてこなかった経験値みたいなのが、ベテランの先生に残っている間に、上手いことそれを拾い上げて、残していかなきゃならんことが多い気はしているけれど、そういう研究はどっちかというと、医療人類学とか社会学的な仕事のしかたでさ。最近の研究がもっぱら遺伝子とか、タンパク質とか、そういう方向に進んでいる中で、っていうと、あまり誰かがやってくれる仕事でもないのかもしれない…。難しいよねえ。


生殖内分泌部門
は、ざっくり言うと、不妊治療が中心。今は体外受精・胚移植っていう方法が確立した(2010年にロバート・G・エドワーズ氏が体外受精の技術を完成させたとして、ノーベル賞を受賞している。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BBG%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%BA )から、研究はその先の「着床をどうやったらうまくすすめられるか」みたいなことをやっている…んだと思う。この辺はとっても難しいのよ。診療では不妊症のカップルを対象にして、タイミング療法とか、あるいは人工授精、体外受精みたいなことをやっている。この部分の「内分泌」ってのは、ホルモン剤使って、卵胞の発育を誘発するとか、あるいは排卵の刺激を抑制するとか、そういう領域のことが多い。


女性のヘルスケア
は、うーん…「残り全部」?いやそれは分け方が雑でしょうに…。

もともとは更年期障害に対してホルモン補充療法とかやってたグループなんだけれど、その後、低用量ピルが解禁になって、あるいはプロゲスチン製剤がつかえるようになってきて、みたいなところで、月経困難症とか、月経前症候群(PMS)とか、あるいは日常的な外陰部のかゆみとかおりもの(帯下)の問題だとか…っていうもろもろが全部入ってたりする。

うん?つまり手術しない部門ってこと?って聞かれると、じつはここでも手術があって、子宮脱とか子宮下垂に対しての修復手術ってのはここの領域に入る。この手術は婦人科と泌尿器科の境界領域だったりするから、泌尿器科(ウロ)と婦人科(ギネ)の両方ってことで「ウロギネ」なんて呼ばれる専門領域になる。(https://jpops.jp/ )一時期、下がってきた膀胱の下にメッシュを埋め込む、みたいな方法が脚光を浴びて、すごいぜ、これで困った人がどんどん良くなるぜ、みたいな雰囲気があったんだけれど、流行が過ぎた、というか、やっぱり過剰な期待がかけられ過ぎていたのだろうか、ってなってる。

その他にも、癌治療後のいわゆる「サバイバー」って呼ばれる人たちのQOLの問題(手術後のリンパ浮腫とかリンパ管炎とかもつらいことが結構多かったりする)とか、産後うつのケアとか、はたまた不妊治療中の患者さんの体調不良とか(?)そういうのも全部ここで引き受ける…?ことになるし、子宮筋腫や子宮内膜症で、手術はしないけれど、っていう人たちのフォローも、ある程度こういう「ヘルスケア」領域の仕事、ってことになる。

とっても大きな大学病院のように、産婦人科医が山盛り居るような場所では、それなりに専門の分野だけを引き受ける、ってことが可能だったりするけれど、あるいは「不妊治療専門」のようなクリニックで、その分野に特化していて、他の診療はやっていませんみたいなことをしているのだけれど(先日まで不妊治療は自費診療だったからねえ。そういう理由も結構大きいんだろうと思うんだけれど。今は保険診療に収載されて、だんだん不妊治療も規格化されてくるのかなあ)、そういうところはそんなに多くなくて、実際のこぢんまりした総合病院では、腫瘍やってる先生が腫瘍だけ、っていうこともないし、「ヘルスケア」の先生がヘルスケアだけ、っていうこともなくて、お産もやりつつ、婦人科の診療もやりつつ、っていうことになるのが多い。あまり人数が少ない施設だと、お産の取り扱いをやめました、なんて病院もちょこちょこ、増えてきたけれど。

あとは、地域でどういう形の棲み分けをしているか、ってことになって、例えば、癌の診療はもう、みんな大学病院でやってもらおうか、みたいな形で紹介する、ってこともあるし、周産期医療センターって言って、産婦人科の難しい症例はみなさんウチで引き受けます、みたいなことをやっている病院もある。周産期医療センターは、だいたいは、早産の子が生まれてくる可能性が高い妊婦さんを引き受けることも多いから、早産で生まれてきても対応できる、新生児治療部門(NICU)が併設されている施設がほとんど、になるかな。

もう一つ、最近のトレンドとしては、ロボット手術っていうのがあったりする。なるべく傷が小さい方が術後の回復は良いので…っていう信念があってね。昔は開腹手術していたんだけれど、そこを腹腔鏡にするとか、あるいは腹腔鏡の穴を1つにするとか、そして、ロボット手術にするとか。そういう形の専門性を磨いているひとたちもいらっしゃって、そういう専門医の認定なんかもある。(https://www.jsgoe.jp/member/


そんなところを、おおよそひとまわり、だいたい全部おさえて、産婦人科の専門医、ってのがあって、その先に「サブスペシャリティ」として各分野がある、っていうことになってるのだから、医者の人生の「研鑽」ってのは本当に道が遠いよねえ。

  • アイキャッチ画像だと、獣医の話に見えてしまいますね。ごめんなさい。