#05 更年期とホルモンのはたらき-2

nishi01

更年期障害の全体的な話は前に済ませたので、更年期周辺に出てくるホルモンについて、ちょっと丁寧に考えてみようと思う。

じつは、わたし(にしむら)は一時期大学院で研究をやっていたんだけれど、その時に、少しだけ女性ホルモンを研究で取り扱ったことがあった。プロゲステロンが中心だったんだけれど、じゃあ、プロゲステロンってどんな働きをしているの?エストロゲンとの関係は?ってのをずいぶんと考えた。

考えた時には、まああまり役に立たなかった(笑)のかもしれないけれど、私なりのホルモン観、みたいなのができたのは事実だと思う。

 

女性特有のホルモン、っていくつかあるんだけれど、婦人科で話題になる、中心的なホルモンはだいたい二つ。エストロゲンと、プロゲステロン、ってのが、やっぱり存在感が大きいよねえ。

ちなみに、「エストロゲン」は「エストリール・エストラジオール・エストリオール」と呼ばれる三種類の化学物質と、その類似作用をする化学物質の総称で、だから合成エストロゲン、ってのは少しずつ化学構造が違ってたりする。

一方「プロゲステロン」ってのは、もともとそういう働きをする体内の化学物質…って思っていたのだけれど、単一の化学物質だったことが判明したので、「プロゲステロン」っていう名前になっている。なので、化学合成で、プロゲステロンに似た働きを持つものをホルモン剤として使ったりするんだけれど、こちらは「プロゲストーゲン」とか「プロゲスチン」って呼ぶことになっている。

まあ現場ではうっかり「プロゲステロンの薬」って言ってたりするので、薬としてプロゲステロンそのものを使うことがある時には「天然型プロゲステロン」ってつけることが多いかなあ。

エストロゲンってのが、思春期から分泌されるようになって、女性らしい体つきをつくったり、子宮の内膜を育てたり、骨密度を保ったり、血圧の上昇をおさえたり、ってことであちこちで働いている。女性ホルモン、って言ったときには、ほぼ、こちらが想起される、くらいには女性ホルモンの働きを担っている。

 

プロゲステロンってのは、もともとの名前はプロ(促進する)+ゲステ(妊娠)+ロン(ホルモンっぽい名前にする語尾)なので、妊娠の維持にすごく役立っている。

 

私が研究していたところは、プロゲステロンが、炎症への反応を抑制するとか、子宮の収縮を抑制するとか、そういう働きがある、っていう部分だった。

ホルモン補充の時にわりと問題になるのだけれど、エストロゲンだけを補充していると、子宮体癌なんかがやや増えてくる、って言われていて、癌の発生を防ぐためにはプロゲステロン(あるいはプロゲスチン)をちゃんと投与しておかないと駄目ですよ、みたいな話があったりする。

更年期に、関節痛が出現することがあって、更年期障害の症状のひとつ、って書いてあったりするのだけれど、これはエストロゲンの補充だけ(子宮体癌のリスクが無い場合…子宮を摘出しておられる方にはエストロゲンだけの補充が一般的でしたので)では改善しない人がいて、プロゲスチンを使うことで少しマシになったりしていた。

 

そういう意味では、プロゲステロンってのは「エストロゲンの暴走を引き留める」働きがあるんだろうなあ、って思う。

乳癌とか子宮体癌のリスクに、「エストロゲンの関与が多い人」って書いてあるんだけれど、たとえば閉経が遅かったとか、妊娠出産がなくて、ずっと月経があったとか、あるいは肥満(エストロゲンはわずかながら皮下脂肪からも合成分泌されているので!)があるとか。これは厳密には「un-opposed」なエストロゲン、って書いてあることが多い。つまり、「プロゲステロンによる暴走抑制が無いエストロゲン」ってのがリスク因子だ、ってことになっている。

 

プロゲステロンが分泌されている時期って、月経がある時期だと、いわゆる生理前の、黄体期になる。

この時期に体調がすごく悪くなる、とか、むくむ、とか、便秘するとか、眠くなる、あるいはイライラしやすい、とか、気分が落ち込む、とか…ってのがあると、これを月経前症候群(あるいはPMS)って呼ぶ状態になってきたりするのだけれど、これを「ホルモンバランスの乱れ」って説明するひとたちがいる。

 

ホルモンバランスの乱れ、って言葉、すごい便利なのよ。何か言ったような気になるし、聞いている人も納得してくれるし。(似たような言葉に「自律神経」ってのもあるよねえ。これも便利な言葉です…。が、きっちり病態生理を考えないでなんとなく雰囲気だけで説明していることが多いので注意が必要)ただ、実際には、月経前症候群(PMS)の時期は、きっちりプロゲステロンが分泌されるべき時期で、ちゃんと分泌されている、から、こそ、症状が出現する、ってことがわかっている。なので、月経前症候群は少なくとも女性ホルモンについては、ホルモンバランスは「乱れていない」ので知っておいてくださいね。

 

プロゲステロンは、身体に水分を取り込んで、ため込みやすくなったりする働きがある。炎症を抑えるのと、こういう水分を取り込む、あるいは血糖が上がりやすくなるとか、そういうこともあったりする。

 

じゃあ、このプロゲステロン、何やってるのか、ってことになるけれど、プロゲステロンが分泌される大事な時期ってのがもう一つあって。それは、妊娠期。妊娠中はプロゲステロンがとっても大事。こないだ、経口の中絶薬が医療機関で使えるようになったけれど、この薬はプロゲステロンの働きを止める作用があって、それで流産を引き起こすことに使われている。

 

月経前症候群の話に戻ると、月経前の時期にどんな心理状態になって、どんな行動をとるのか?ってのは、いわば、妊娠したときの予行演習だったりする。

だから、引きこもりがちになる人ってのは、妊娠中に引きこもることで母児の安全を確保しようとするタイプだし、イライラして攻撃的になる人ってのは、妊娠中に、他者に攻撃をすることで遠ざけて、自分たちを守ろう、というタイプだ、ってことがわかる。こういうタイプがどこで決まるのか、ってのはまた興味深い話になるよねえ。

 

更年期の話していたはずなのに、ホルモンの話をすると、どうしても月経前症候群(PMS)の話がはさまってくる。

この月経前症候群(PMS)もけっこう女性のヘルスケア領域では大きな割合を占める「こまりごと」で、ホルモンのバランスが乱れているわけじゃない(くどいけれど…)のだけれど、周期的なホルモンの変動に、本人が振り回されている、っていうところは間違いじゃないから、そこを低用量ピルなんかで、ホルモンの状態をおおよそ一定にしてしまう、っていうのは一つの対処方法になっている。

 

一つの、ってことは別の対処方法があるの?ってことだけれど、もう一つは「振り回されない体力をつける」っていう方法。どちらかだけじゃなくて、両方、どちらも大事だと思っている。

 

じゃあ、なんで更年期障害の症状だけじゃなくて、月経前症候群(PMS)の話が出てきたのか、ってあたりなんだけれど、エストロゲン+プロゲステロンの働きを理解する上で、更年期と月経前って、わりと似ている、ってことがあるんです。

 

どこが?って思うでしょ。

 

それは、

月経前はプロゲステロンの分泌が強くなることで。

更年期はエストロゲンの分泌そのものが弱くなることで、

それぞれ、エストロゲンの影響が弱まった時期だ、ってこと。

 

それと、

月経前症候群も、更年期障害も、みんな、症状が出現してきたところに焦点があたって、「この時期がしんどいんです」って言っておられるけれど、実は、「そっちの方が正味の体調」だったんじゃないか、っていう事に気づいたんです。

 

つまり。

その他の時期=エストロゲンが分泌されている時期、ってのは、体調に下駄をはかせてもらっている、ってことなんじゃないかと。

いわば、妊娠出産育児に対する「子育て補助金」みたいなもの。

これが出ている間は、あまり身体に不調が出ないで、無理ができる。というか、たぶん、無理の影響がでてくるのを「先送り」しているだけなんだろうと思う。だから、長期間無理が続くと、あちこち不調が出てきたりする。たぶん、ホルモン補充療法をあまり長期間続けても、悪影響が出てきやすい、ってのはエストロゲンの「無理した結果を先送り」が先送りできなくなってくるからじゃないか、って思っている。

 

プロゲステロンは、エストロゲンが分泌されている時に無理したり身体に負担がかかったり、っていうことの悪影響を防ぐはたらきのホルモンなんだろうと思う。だから、エストロゲンの作用が強くなりすぎて、無理の影響が過剰に蓄積しないように、プロゲステロンがそれを抑えるようになっているんじゃないかな、と。そういう事で、プロゲステロンが分泌されてエストロゲンの影響が弱まるのが、黄体期。エストロゲンがそもそも分泌が減ってきて影響が弱まるのが閉経期。

どちらも、「下駄が脱げた」状態になるわけ。

 

その時期に急にしんどい症状がでるのは、じつは、それまでに自分の身体を酷使してきたから。ラグビーの選手が、試合終了後に「イテテ」って言い出して、調べてみたら骨折していた、とかあるじゃないですか。ぶつかって折れたら、その時に痛くないの?って思うのだけれど、そういう「気持ちがたかぶって頑張っている」時には、痛みなんかを「先送り」しているんですよねえ。エストロゲンが出ている時って、ラグビーの試合中ほどじゃないけれど、そういう、身体への影響に目を向けることを先送りしているんですよ。きっと。

 

で、エストロゲンの影響が弱くなると、頑張っていた時の疲れがどっと襲ってくる、のが、月経前症候群(PMS)だったり、更年期障害だったり、って私は今は考えているんです。

 

なので、更年期の治療も、月経前症候群の治療も、まずは、じっくり、体調を戻していくことにあるし、無理しないように、生活を変えていってもらうことにあると思ってます。

 

エストロゲンを補充する、っていう方法は、いわば問題の先送りをしているわけで、根本的な解決にはなっていないんじゃないか…って思うのだけれど、同時に、先送りすることも大事で、ひとまず先送り、ってすこし時間を稼いでいる間に体制を整えることも大事な治療になるので、これはこれで重要なんだけれど、それはやっぱり姑息的な治療方法なんだろうと思う。

根っこの部分で改善していくためには、まったく「自分を自分で大事にしていく」ってことを実感して、実践してもらうことが大事。

 

そして、エストロゲンが「妊娠出産育児」のために少し無理してでも頑張れるように、ってはたらきだ、と考えるとこれは、ある意味子どものため、ってこと。

そのエストロゲンが出なくなるんだから、更年期以降は、そろそろ、子どものため、っていうのは卒業して、自分のため、に生きる、ことに切り替えていく。そういうギヤチェンジの時期が、更年期なんだよ、って。お伝えしている。

 

だから、更年期ってのは、女性が生き方を切り替える時期。そういう切り換えが「更年」なわけで。

 

今までが大変だったひとこそ。これからの時間を自分のために、つかって欲しい。そう思いながら、ホルモンのはたらきと更年期の意味、ってのをお伝えしています。

 

このエッセーへの質問とお答え

閉経後も長く続く、ホットフラッシュの悩み